「正直者がバカを見る」組織とは、どんな組織か。

どのような組織であっても、その構成員は自分の扱いに「公正であること」を求める。公正さへの欲求は、一種の本能のようなものだからだ。

実際、多くの会社で人事評価制度を見てきたが、殆どの人は評価に対して「えこひいきがなく、妥当な評価であることを求める」のはどの組織でも同じであった。

もちろん「何が公正なのか」については、一人ひとりの考えが異なる。「評価に極端な差がつかないこと」を公正と考える人もいれば、「成果のみで評価すること」が公正と考える人もいる。

だから一口に「公正」と言っても、そのイメージするところはバラバラであり、制度として落としこむのは大変な労力がかかる。

だが、ほぼすべての組織において個人によってあまり差がつかない「公正」のイメージは

「正直者が馬鹿を見ないようにしてほしい」

との願いだった。

思うに「まじめに努力して成果を残した人が報われてほしい」との願望は、一種の正義感である。

では、多くの人が「正直者が馬鹿を見る」と感じている、不条理なこととは具体的に一体何なのだろうか。私の経験では、ほとんどの人がそう感じるのは以下のことだ。

 

1.生産性を無視する

生産性を監視しない組織は、ダラダラ働くほうが、残業代が取れるので給与が高くなりやすい。

能率の高い人よりも能率の低い人のほうが給与を多くもらえるようでは、「正直者が馬鹿を見る」と思われるのも仕方ないだろう。

また、「さっさと仕事を早く終わらせて帰る人」よりも「なんとなく会社に居残る人」が評価されるようでは、早く仕事をこなす、というインセンティブが働かなくなり、結果として「正直者が馬鹿を見る」会社だと皆が感じるようになる。

 

2.報告すると、怒られる

昔、「上司にクレームを報告すると怒られるんです。」という社員が多数いる会社に訪問したことがある。

「よくそれでサービスが回るな」と思ったが、よく話を聞くと「上司に迷惑をかけない」というユニーク(?)な文化の会社であった。

こういう会社では、本当に改善しなければならない事項が隠蔽されてしまう。なぜなら悪い報告をすると自分の評価が下がるからだ。

「お客様のことを思うと、上司に訴えるべき事項がたくさんあるのですが、報告すると怒られるので、何も言えません」と、社員たちは言う。

「正直者が馬鹿を見る」とは、まさにこのことだろう。

 

3.後輩の面倒を見ると、損をする

以前、「後輩の面倒を見るのは大変な上、評価もされないんで誰も下に教えないですよ」という会社があった。

もちろん経営者や役員は「部下の育成は上司の役割」と口では言う。だが、会社の方針としては「部下の指導があるからといって、特に指導担当の個人目標を緩和したりすることはない」ということだった。

このような状況では、「正直者が馬鹿を見る」との言葉通り、後輩の指導に熱心になることは無駄であり、できれば避けたい事項になる。

こうして、部下の指導担当を引き受ける人はいなくなった。

 

4.堅実な目標を言うと「やる気が無いのか」と叱られる

「とにかく高い目標を掲げさせる」という会社はそれなりに存在する。そういう会社では

・マーケットから算出した目標
・稼働から算出した目標

など、合理的な数値を挙げると「やる気が無いのか」と叱られる。彼らが求めているのは「やれる数字」ではない。社内の上層部を喜ばせるための数字である。

しかし、こうした数字はたいてい無理があるため、結局は期末に下方修正されるか、「大半の人が達成しない」という状況になり、目標が有名無実化する。

結局、最初に出した「堅実な目標」が正しかったことが証明される。だが、それを正直に言った人間は、バカを見ることになる。

そして徐々に、目標をまじめに考える人はいなくなるのだ。

 

5.経費のチェックが甘い

経費のチェックが甘いと、人によっては強い不満を抱く。

つまり、「まじめに申請する人は自腹」「適当に申請する人は経費」と、まさしく正直者が馬鹿を見る世界ができあがってしまう。

交通費の精算、通勤代など、不正のネタは数多くある。

金額は小さくとも、こう言った小さな不正を放置すると、組織のモラルは徐々に低下する。本来、こういった不正は「起きてから摘発する」よりも「起きないような仕組み」をきちんと実装することが重要だ。

 

「真面目な人」、「成果を残す人」、そして「きちんと考える人」が報われる組織を作れるかどうかがマネジメントの肝であることは、太古の昔から変わらない。

経営者、マネジャーは「公正さ」に注意を払わなくてはならないのだ。