はじめに
なぜ、製造業では「分かっているのに変わらない」が繰り返されるのでしょうか。
経営者や人事担当者からは、「現場人材が採用できない」「ベテランに依存した現場を変えたい」「多能工化を進めたい」「工場と本社・営業部門の連携をもっと良くしたい」という声を聞くことがあります。
一方で現場からは、「今日の生産量を守るには、確実にできる人に任せるしかない」「教育が必要なのは分かっているが、教える時間がない」「本社や営業には、工場側の事情が伝わりにくい」という声も聞きます。
人手不足、ベテラン社員の高齢化、繁閑差、多品種・小ロット対応、設備投資や自動化への対応。こうした変化に向き合うには、特定の人に依存しない体制づくりが欠かせません。
しかし、日々の現場では品質・安全・生産性を守ることが最優先です。また、製造業の成果は工場だけで完結せず、営業、企画開発、調達、品質保証、販売など複数部門の連携によって生まれます。
こうした課題に向き合うには、人手不足や生産計画、部門間連携といった製造業の構造を踏まえて、人事制度の設計と運用を見直す必要があります。
本記事では、製造業に特有の人事課題を整理し、人事制度を現場で機能させるための考え方を解説します。
製造業における課題の整理
製造業の人事課題は、単に「人が足りない」「評価制度が古い」という問題だけではありません。
人手不足の中で現場を安定させながら、技能を引き継ぎ、工場と本社・他部門をつなぎ、会社全体として成果を出せる状態をつくる必要があります。
ここでは、製造業で特に起こりやすい人事課題を整理します。
人手不足の中で、現場人材の確保が難しくなっている
製造業では、現場作業の担い手を確保しにくくなっています。
人が足りなければ、生産量、品質、納期に直接影響します。それにもかかわらず、現場作業を希望する人は増えにくく、人口減少も重なる中で、採用の難易度は高まっています。
これまで、地域のパート・アルバイトが中心となって、現場の定型作業や作業労働を支えてきました。
しかし現在は、働き方や職場を選ぶ幅が広がり、従来と同じ処遇や勤務条件のままでは、現場作業の担い手を確保し続けることが難しくなっています。
一方で、製品価格、原材料費、設備投資、取引先との価格交渉などの制約もあり、賃金水準を簡単に引き上げられるわけでもありません。
賃金を大きく引上げられない中で、外国人材の採用に踏み切る企業もあります。しかし、言語や文化、働き方の認識の違いを現場だけで受け止めるのは困難です。
さらに、繁閑差によるシフトの増減や、長く働くパート社員・熟練者がつくってきた現場の暗黙のルールが、新しく入った人の定着を難しくすることもあります。
つまり、製造業の人手不足は、採用の問題にとどまりません。人がいなければ成果に直結する一方で、採用・処遇・定着の打ち手が限られやすいことが、現場人材確保の難しさだといえます。
生産を止められず、計画的な技能承継・多能工化が進みにくい
人手不足が続く中では、限られた人材で生産を安定させるために、技能承継や多能工化の重要性が高まります。
特定のベテランや一部のできる人に頼り続ける状態では、急な欠員や退職があったときに現場が回らなくなるリスクがあるからです。
しかし、製造現場で最優先されることは、日々の生産量、品質、安全を守ることです。経験の浅い社員に任せて不良や遅れが出るよりも、確実にできる人が対応した方が安全な場面もあります。
その結果、段取り、設備調整、不良の見極め、トラブル対応などの重要な仕事ほど、特定の人に集中しやすくなります。教える側にも余裕がなくなり、技術を教えようにも、教えられるタイミングには既に教わる側が退勤していたり、トラブル対応を学ばせたいときには、その場にいなかったりすることもあります。
教わる側も同様に日々の生産に追われ、欠員や設備トラブル、受注変更が起きれば、教育よりも目の前の対応が優先されます。こうして、技能承継は「余裕があるときにやること」になり、計画的に進みにくくなります。同じ構造が多能工化にも当てはまります。
必要性を伝えるだけでは多能工化は進みません。現場からすると、新しい工程を覚えることは負担でもあります。しかも、覚えた仕事が評価や処遇にどう反映されるのかが見えなければ、「忙しいときに呼ばれる仕事が増えるだけ」と受け止められてしまうこともあります。
製造業では、教育を現場の頑張りだけに任せるのではなく、生産計画やシフト、配置と結びつけて考える必要があります。技能承継や多能工化を進める難しさは、教育意識の問題だけではなく、教育を計画に組み込みにくい現場構造にもあります。
工場と本社・他部門の相互理解や連携が進みにくい
製造業の成果は、工場だけで完結するものではありません。営業、企画開発、調達、品質保証、販売など、複数の部門がつながって初めて、顧客に安定した価値を届けることができます。
しかし、工場と本社・他部門では、業務内容も重要視する指標も大きく異なります。
工場では、日々の生産量、品質、安全、納期を守ることが重視されますが、営業では売上や顧客対応、企画開発では商品化や関係部門との調整、調達では原材料やコスト管理などが重視されます。
そのため、同じ会社の中でも、お互いの仕事の難しさが見えにくくなることがあります。
たとえば、営業から見ると「なぜ急な変更に対応できないのか」と感じる一方で、工場から見ると「なぜ現場の負荷を考えずに依頼してくるのか」と感じることがあります。
どちらかが悪いというより、見ている成果や制約条件が異なるために、認識のズレが起こりやすいのです。
こうしたズレは、現場の担当者間だけでなく、管理職の間にも生まれます。
同じ「課長」でも、工場ではラインやシフトを含めて多くの人を見ながら、安全や品質、設備、人員配置などに気を配る必要があります。
一方で、営業や管理部門では、顧客対応、案件管理、社内外との調整など、異なる種類のマネジメントが求められます。そのため、同じ等級や役職にも関わらず、仕事の難しさが伝わりにくくなります。
さらに、工場と本社・他部門では、勤務地や働き方、賃金水準が異なることもあります。
工場は地域ごとに拠点が分かれ、本社や営業部門とは物理的な距離があるため、日常的にお互いの仕事を見る機会も限られます。
将来的には部門をまたいだローテーションで相互理解を深めたいと考えても、専門性や処遇、本人の生活への影響を考えると、簡単には進めにくいのが実情です。
こうした部門間のズレは、評価や等級の納得感にも影響します。
工場と本社・他部門では、仕事の内容や成果の見え方が異なります。その違いを整理しないまま同じ基準で見ようとすると、現場感に合わない評価になります。
一方で、部門ごとに基準を分けすぎると、会社として共通のものさしが失われてしまいます。

製造業の人事課題
製造業の人事制度設計のポイント
ここまで見てきたように、製造業の人事課題は、人手不足、技能承継・多能工化、工場と本社・他部門の連携といった複数の課題が重なって起こります。
ここからは、製造業で人事制度を機能させるためのポイントを整理します。
人手不足を前提に、役割と処遇を見直す
製造業の人手不足に向き合うには、採用を強化するだけでなく、現場で必要な役割と処遇のあり方を見直す必要があります。現場作業を希望する人が限られる中で、従来と同じ条件のままで人を確保し続けることは難しいからです。
もちろん、処遇改善だけで人手不足が解決するわけではありません。また、製品価格、原材料費、設備投資、取引先との価格交渉などの制約があり、人件費を大きく引き上げることが簡単ではない企業もあります。
そのため、作業の標準化や省人化、設備投資やDXなど人事制度以外の取り組みも合わせて考える必要があります。
そのうえで、人事制度として重要なのは、今いる人材にどんな役割を期待し、その役割をどのように評価・処遇するかを整理することです。
同じ現場作業でも、勤務時間、担当範囲、責任の重さ、現場で求める役割によって、貢献の仕方は異なります。役割の違いを曖昧にしたままでは、できる人や長く働いている人に負担が集まり、不公平感に繋がります。
パートやアルバイトについても、勤続年数や勤務時間だけで処遇を考えるのではなく、勤務可能な時間帯、繁忙期への協力度、現場で任せる範囲などを整理することが重要です。
会社がどのような働き方や役割を期待しているのかを示すことで、働く側も自分の役割を理解しやすくなります。
ジョブリストで仕事を見える化し、教育を計画に組み込む
役割と処遇を見直すためには、まず現場にどのような仕事があるのかを「見える化」する必要があります。製造現場では、工程ごとの作業だけでなく、段取り、設備調整、品質確認、不良の見極め、トラブル対応、後輩指導など、経験を通じて身につける仕事が多くあります。
こうした仕事が整理されていないと、「誰が何をできるのか」「次に誰へ任せるのか」「誰が教えるのか」が曖昧になります。その結果、できる人に仕事が集まり続け、技能承継や多能工化も進みにくくなります。
そこで有効なのが、工程や業務ごとに必要な仕事を整理したジョブリストです。たとえば、各工程で必要な作業や段取り、確認項目、トラブル時の対応などを書き出し、「自分に何ができるのか」「次に何を経験すべきか」を見えるようにします。
技能承継や多能工化を「余裕があるときにやること」にしないためには、教育を日々の配置や面談、目標管理の中に組み込むことが重要です。
たとえば、教える側と教わる側の勤務時間が合わない場合には、教育のための時間をあらかじめ勤務計画に入れる必要があります。技術指導のために残業が発生する場合は、通常の残業代とは別に教育手当を設けるなど、教える側・教わる側の負担が一方的に増えない工夫も考えられます。
また、習熟や多能工化は、評価や処遇にも反映させる必要があります。一つの工程を高い水準で安定して担当できること、複数工程を担えること、前後工程を理解していること、後輩に教えられることは、それぞれ現場への重要な貢献です。
これらを評価項目や等級要件、手当、昇給の考え方に反映することで、「新しい仕事を覚えること」が本人にとっても意味のある成長になります。多能工化を、「負担増」と捉えられないためにも、仕事の習熟と広がりがどのように評価・処遇につながるのかを示すことが重要です。
工場と本社・他部門の違いを踏まえて、人事制度を設計する
工場と本社・他部門の違いを踏まえると、人事制度では「共通化する部分」と「分けて考える部分」を整理することが重要です。すべてを同じ基準で見ると現場感に合わず、部門ごとに分けすぎると会社としての共通基準が見えにくくなります。
等級制度では、係長・課長・部長といった階層ごとに、会社として共通して求める役割を定めます。たとえば、小さなチームをまとめる、部門方針を現場に落とし込む、他部門と連携する、といった期待役割は、部門を越えた共通のものさしになります。
一方で、評価項目は部門ごとの仕事に合わせて調整します。特に工場の成果は、生産量だけでは判断できません。安全、品質、生産性、ロス率、歩留まり、標準化など、必要なものを、必要な品質で、ロスを抑えながら安定して供給することも重要な成果です。
賃金制度についても、配置やローテーションを見据えて整えておく必要があります。工場と本社・営業部門では、勤務地、勤務時間、手当、賃金水準が異なることがあります。こうした違いを整理しないまま異動を進めると、本人に不利益感が生まれたり、同じ等級でも処遇の納得感が揺らいだりします。
部門間連携の改善や将来の幹部育成を考えると、部門をまたいだ経験をどの階層で、どの範囲で持たせるのかも重要です。その前提として、等級や報酬制度も、異動やローテーションの際に不具合が出ないように設計しておく必要があります。
ただし、課長同士をいきなり入れ替えるようなローテーションは、現場運営や顧客対応への影響も大きく、簡単には進めにくい場合があります。例えば、工場事務のトップと営業事務のトップを入れ替えるなど、近い役割や接点のある領域から連携を強化する方法もあります。
人事制度は、部門ごとの違いをなくすためのものではありません。違いを前提にしながら、共通して求める役割と、何が部門の成果なのかを可視化し、組織の成長と会社の成果につなげるためのマネジメントツールとして設計することが重要です。

製造業の人事制度見直しで整理すべきポイント
事例:複数の拠点を持つ製造業での人事制度見直し
背景
関東に複数の生産拠点をもつ、約400名規模の製造業の事例です。この企業では、現場人材の定着、業務の属人化、工場と本社部門の連携に課題がありました。
現場管理職の多くは、プレイヤーとしても熟練しており、生産量や品質を守るために自らラインに入る場面も多くありました。一方で経営層は、管理職に対して、部下育成や業務委任、改善提案、他部門との連携にも力を入れてほしいと考えていました。
また、拠点が複数あり本社と距離が離れていることで、各工場の状況や現場負荷が見えにくく、部門間連携や評価への納得感にも課題が生じていました。
施策
見直しでは、まず人事制度全体の設計を整理しました。全社共通のバリュー評価を定める一方で、職種ごとの仕事の違いを踏まえ、職種別の評価項目も設けました。
工場では、品質、安全、生産性、標準化、業務委任、後輩指導などを重視し、成果評価についても、生産量だけでなく、ロスや品質、改善活動、部門間連携などを含めて整理しました。
そのうえで、制度を現場で運用するためにジョブリストも整備しました。現場に必要な業務を洗い出し、どの業務を誰が担えるのか、次に誰へ任せるのかを確認できるようにし、業務委任や多能工化、育成計画に活用しました。
今後
この取り組みは、まだ変化を数字で語れる段階ではありません。
しかし、評価項目やジョブリストを通じて期待する役割を明確にしたことで、現場では「自分に何が求められているのか」「何をすれば評価につながるのか」が少しずつ伝わり始めています。
今後は、業務委任が実際に進んでいるか、若手・中堅に経験機会が増えているか、工場と本社・他部門の連携が改善しているかを確認しながら、制度の運用を継続的に見直していく必要があります。
まとめ
製造業は、我が国GDPの約2割を占める、日本経済を支える重要な産業です。一方で現在は、人手不足やベテラン社員の高齢化、顧客ニーズの多様化、設備投資や自動化への対応など、これまでの延長線だけでは乗り越えにくい転換点にあります。
こうした変化に対応するには、特定のベテランや一部のできる人の頑張りに依存するだけでなく、技能を引き継ぎ、複数人で業務を担い、工場と本社・他部門が連携しながら成果を出せる状態をつくる必要があります。
人事制度は、その転換を支えるための手段の一つです。評価や処遇を決める仕組みにとどまらず、必要な業務を整理し、人材育成や配置、部門間連携、役割に応じた処遇を現場で進めるために活用できます。
製造業がこれからの変化を乗り越え、働く一人ひとりが成長を実感しながら力を発揮できるように、人事制度の設計と運用の両面から、今後も現場に寄り添って支援していきます。
出典:経済産業省,2026,『2026年版ものづくり白書』




