組織構造に合わせた人事制度の設計方法

組織構造と人事制度

1.人事制度は組織構造に従う

「経営史の草分け」と言われるアルフレッド・チャンドラーは、「組織は戦略に従う」という名著を残した。

その内容を端的に表現すると、「事業拡大や多角化戦略を成功させるには事業別組織が必要である」というものだ。それまでは機能別組織が一般的だったこともあり、経営史にインパクトを残すことになった。

同様のことが、組織構造と人事制度についても言える。「人事制度は組織構造」に従う。社員は組織構造に従って働くため、組織構造は人事制度に影響を及ぼす。

例えば、組織構造の1つであるプロジェクト型組織では、プロジェクトの成否が社員に与える影響は大きい。

プロジェクトが成功すれば社員は評価される。つまりプロジェクトは評価制度に影響する。プロジェクトで利益が出れば社員の処遇は改善される。つまりプロジェクトは報酬制度に影響する。

この当たり前の法則を、理解しないまま人事制度を設計してしまうケースがある。

「新しい人事制度を導入したが、なんだかうちの会社にはしっくりこない。」という経営者は、注意が必要だ。組織構造と人事制度がマッチしていない可能性がある。

方法論を解説する前に、ミスマッチの具体例を2つ挙げる。
 

▼ミスマッチの例①:機能別組織なのに、機能中心の評価制度になっていない

機能別組織とは、開発、製造、営業、人事、経理、総務など、業務内容を職能別に編成した組織構造のことで、中小企業ではよくみられる。職能別組織とも呼ばれる。

機能別組織のメリットは、専門分野に特化して働くため、専門知識やスキルの共有がしやすく、スピーディーな経験蓄積、スキルアップが期待できる点だ。

よって、評価制度も専門性に着目すべきだ。開発なら開発に必要なスキル・知識があるだろうし、営業なら営業に必要なスキル・知識があるはずで、それらに関連付けた評価制度を設計することが望ましい。

しかし、全機能(全職種)で同じ評価シートを適用している会社が結構ある。例えば、開発も製造も営業も人事も、“チームワーク”、“業務効率”といった汎用的な評価項目のみで評価してしまう。

こうした汎用的な評価シートは、各分野の専門家を自負する社員から、見向きされず評価制度の形骸化につながりやすい。「うちの評価シートは一般的で使えない。」と批判されることになる。

汎用的な評価シートが、専門性を高めることに直結しないのは明らかである。

 
▼ミスマッチの例②:プロジェクト組織なのに、プロジェクト中心の評価制度になっていない

プロジェクト組織とは、プロジェクトごとに専門スキルを有した社員が各部署から集まり、プロジェクトチームを作る組織構造を指す。プロジェクトが完了するとチームは解散し、各社員は元の所属部署に戻るか、別のプロジェクトに参画していく。

プロジェクト組織では、プロジェクトの成功が業績に直結する。したがって、プロジェクトに関連付けた評価制度を設計することが望ましい。

ところが、個人のスキルは細かく評価する一方で、プロジェクト自体の評価を疎かにしている企業が一定数存在する。「木を見て森を見ず」になっていないか。プロジェクトを成功に導くスキルなり行動を評価することが大切であるとすれば、個人評価より先にプロジェクト評価を行うべきだ。

また、プロジェクト組織では、上司と部下が同じプロジェクトにアサインされるとは限らず、上司が部下の働きぶりを直接見れないことはよくある。その場合の評価者は誰が務めるのか。きちんと整理できていない企業が結構存在する。

プロジェクト型組織のデメリットをカバーするように、評価者を選定しなければならない。

上記したミスマッチの例にあるように、組織構造の特徴に沿った人事制度を設計・運用しないと、違和感が残るだけでなく、最悪の場合、人事制度が本来発揮すべき効果を出すことができない。

完璧な組織構造は存在しない。それぞれメリット・デメリットを持つため、メリットを伸ばしデメリットをカバーするように人事制度を設計することが肝要だ。

そこで本記事では、組織構造のメリット・デメリットに合わせた人事制度設計について書く。読めば、自社の組織に合った人事制度が設計できるはずだ。

2.機能別組織に合った人事制度の設計

2-1.機能別組織とは

機能別組織とは、開発、製造、営業、人事、経理、総務など、業務内容を職能別に編成した組織構造のことで、中小企業で多く採用されている。

機能ごとに部門が整理されるため、部門ごとの役割が明確だ。また、意思決定が経営層に集中する形になるため、トップダウン型の組織と言える。

以下のときに、適した組織構造と言える。

  • 企業規模が小さいとき
  • 経営者に強いリーダーシップがあるとき
  • 事業構造がシンプルなとき

機能別組織

 

2-2.機能別組織のメリット

機能別組織の主なメリットは以下の3つだ。

  • トップダウンが効く
  • 機能(職能)のスキルアップがしやすい
  • 経営資源の無駄が出にくい

2-2-1.トップダウンが効く

機能別に役割分担しているため、全社視点で意思決定できる存在が経営トップだけになる。

例えば、在庫管理1つとっても、営業、製造、経理の3部門が絡んでくるため、3者で意見が割れた場合、最終決定は経営トップが行うことになる。

意思決定権をトップが持つため、トップダウンでスピーディーに意思決定が行うことが可能だ。

2-2-2.機能(職能)のスキルアップがしやすい

機能別(職能別)に集団を形成しているため、スキルアップが容易である。

例えば、営業部なら部内で営業に関するノウハウを蓄積したり、勉強会で市場データを共有したり、ロールプレーイングを行うことで研鑽し合うことが可能だ。部内では皆が同じような業務をしているため、良い意味で競争原理も働きやすいだろう。

2-2-3.経営資源の無駄が出にくい

例えば、機能別組織では、設備投資を部門責任者が独断で行うことは少ない。

大きな設備投資は経営トップが全社視点で判断するであろうし、小さな設備投資、例えば社員用のノートPCを買うといった作業は総務部なり購買部がまとめて行うだろう。

全社横断で無駄が出ないように、「まとめて購入する」、「余らないように購入する」、「余ったら別の部門に譲渡する」などの最適化が行われるため、無駄が出にくい組織になる。

2-3.機能別組織のデメリット

機能別組織の主なデメリットは以下の3つだ。

  • 意思決定スピードが遅くなる
  • 利益視点が弱くなる
  • セクショナリズムが生まれやすい

2-3-1.意思決定スピードが遅くなる

規模が小さいうちはトップダウンが有効に機能するが、企業規模が大きくなるにつれて意思決定スピードは遅くなる。なぜなら、経営トップが処理すべき事項が増え、処理速度が追いつかなくなるからだ。

2-3-2.利益視点が弱くなる

部門単位での利益管理が難しい組織構造であるため、どうしても利益視点が弱くなりがちである。

顧客接点がある部門(例えば営業部)ではコスト意識が、顧客接点がない部門(例えば経理部)では売上意識を持ちにくい。

2-3-3.セクショナリズムが生まれやすい

経営トップ以外は、機能に関する専門家であるため、他部門のことがよくわからない。無知がセクショナリズムを生む。

例えば、「納期が遅れたのは営業部門が無理な納期で注文を取ってきたからで、製造部門の責任ではない。」といった他責の意識が生まれやすい。

2-4.機能別組織における人事制度設計のポイント

それぞれが持つ組織構造のメリットを伸ばし、デメリットをカバーすることが、設計上のポイントなる。

2-4-1.「報連相」「情報収集」の質、量を高く評価する

(←トップダウンが効く)
トップの意思決定の精度を上げるためには、情報の質と量が大切になる。質・量に優れた情報を集め、迅速に報告してくれる社員を高く評価するとよいだろう。

具体的には評価制度に「報連相」「情報収集」といった評価項目を設ける。古びた評価項目と感じるかもしれないが、新しい、古いは関係ない。

2-4-2.「改善提案」「定量化・可視化」を推奨し評価する

(←意思決定スピードが遅くなる)
社員から積極的に提案があったり、様々な情報が常に定量化・可視化されていれば、意思決定のスピードをあげることが可能だ。よって、そうした行為を推奨し、評価していくことが好ましい。

2-4-3.専門スキルの習得、発揮を評価する

(←スキルアップがしやすい)
専門スキルを評価するために、評価制度は機能別に作り分けたい。営業部は営業用の評価シート、人事部は人事用の評価シートを準備していく。その道のプロフェッショナルを目指したくなるような評価制度にする。

2-4-4.スキルリストを作成し、昇格要件や教育に用いる

(←スキルアップがしやすい)
スキルを可視化することで、専門スキルの獲得スピードを上げていく。

余談になるが、多くのクライアント企業で、スキルリスト、スキルマップなるものを拝見してきたが、運用にのっていないケースが多い。運用するためには、人事制度の各所に織り込んでいきたい。例えば、昇格審査に用いたり、OJTや部内勉強会で用いたり、評価項目に入れるのも1つの手だろう。

スキルリストの作成が難しい場合、例えば経理部に社員が1名しかおらず作成にマンパワーが使えない場合は、一般的な資格や、それに紐づくスキル・知識をスキルリストとして用いてもよい。

2-4-5.専門スキルの研修を充実する

(←スキルアップがしやすい)
課長研修といった階層別研修ではなく、営業●●研修、生産管理●●研修のように、専門分野の研修を充実させることで、スキルアップを啓蒙していく。

あわせて、スキルリストの活用方法についても教育していく。

2-4-6.個人賞与の支払い額と、全社目標達成度を連動させる

(←利益視点が弱くなる)
「個人賞与だから、個人の目標達成度合いと賞与額を連動すべき」と考える専門家が一定数いるが、本当にそうだろうか。

機能別組織は部門ごとに利益責任を負うことができない。全社一丸になってはじめて利益を出す組織構造だ。だとすれば、全社目標の達成度によって、賞与を決めたほうが合理的だ。個人や、部門の目標達成度を強く意識させるより、全社利益を意識させることをおすすめする。

2-4-7.ジョブローテーションを行う

(←セクショナリズムが生まれやすい)
やはり、相手の立場になるためには一度同じ立場になるのが、コストはかかれど一番簡単な方法であると思う。

ただし、安易なジョブローテーションには注意が必要だ。機能別組織の本来の良さは、専門スキルの磨きやすさにある。皆が異動してしまうと、ゼネラリストばかりになり、機能別組織の良さがなくなる。

経営幹部候補を中心にローテーションを行うなど、ポイントをしぼることが肝要だ。

2-4-8.管理職の昇格条件や評価項目に「調整能力」の高さを入れる

(←セクショナリズムが生まれやすい)
機能別組織では、それぞれの部門が連携してはじめて、大きな利益を生むことが可能になる。

したがって、部門間の連携、調整こそ、管理職の重要な仕事と言える。部長にもなって、隣の部門の部長とコミュニケーションがとれないなど、話にならない。隣の部門の目標を一緒に考えるぐらいが健全だ。

3.事業別組織に合った人事制度の設計

3-1.事業別組織とは

事業別組織とは、製品・サービス毎に事業部を設ける組織構造のことだ。エリアや顧客別(業種別)に事業部を編成することもある。

<事業別組織3つの形態>

  • 製品別組織
  • エリア別組織
  • 顧客別(業種別)組織

3つの形態に違いはあれど、組織構造として持つ大きな特徴は同じであるため、本記事ではこれら3つを総称して、事業別組織とする。

事業別組織には、各事業部内に開発、製造、営業、人事、経理、総務などの機能を持つため事業部毎に自己完結型で製品・サービスを提供することが可能だ。

製品・サービス、展開するエリア、顧客タイプ(業種)などを増やし、事業を多角化していく際に、機能別組織から事業別組織に移行することが多い。したがって、中堅企業、大企業で採用されている。

以下のときに、適した組織構造と言える。

  • 企業規模が大きくなってきたとき
  • カリスマ一人による経営から脱却したいとき
  • 事業構造が複雑になってきたとき

事業別組織

余談を1つ。

中小企業が成長する過程で、機能別組織から事業別組織に変更を試みて失敗することがよくある。上手くいかないので、また機能別組織に戻してしまう。

これは、事業別組織の本質的なメリットがわかっていないから起こる失敗であることが多く、その本質とは事業部長への権限委譲である。

経営トップが権限委譲を望まない場合、事業別組織に変更してもメリットは享受できないため、組織変更は失敗に終わる。

3-2.事業別組織のメリット

事業別組織の主なメリットは以下の4つだ。

  • 意思決定スピードが速くなる
  • リスク分散ができる
  • 経営幹部や後継者の育成がしやすい
  • 経験が少ない社員でも成果が出しやすい

3-2-1.意思決定スピードが速くなる

事業部単位での意思決定が可能であるため、同じ規模であると仮定した場合、機能別組織より意思決定スピードは格段に上がる。

3-2-2.リスク分散ができる

単一事業より複数事業のほうがリスク分散ができる。

製品別組織で、製品Aの販売が低調でも製品Bの販売が好調ならば、全社でバランスをとることが可能である。エリア別組織で、C地域に大きな災害があってもD地域が無事であれば、事業を継続していくことが可能だ。

3-2-3.経営幹部や後継者の育成がしやすい

事業部を1つの会社に見立てるため、事業部長は、製品の開発、製造、品質管理、マーケティング、営業、アフターなど幅広い分野の意思決定に関わることができる。経営者になるための様々な経験を積むことが可能と言えるだろう。

3-2-4.経験が少ない社員でも成果が出しやすい

製品、エリア、顧客を細分化するため、細分化された範囲の中では、情報やノウハウがたまりやすく、競争優位性も上げやすい。

ナレッジマネジメントが有効に機能すれば、経験年数が短い社員でも、比較的簡単に成果を上げることができる。

例えば「コンサルタント業」より、「人事制度のコンサルタント業」のほうが、人事制度のニーズがある顧客からは選ばれやすい。さらに「飲食業に特化した人事制度コンサルント業」のほうが、飲食業の顧客から選ばれやすくなる。つまり、専門分野を特化すれば、コンサルティング全般に関する経験がなくても、短期間で成果を上げることが可能になる。

3-3.事業別組織のデメリット

事業別組織の主なデメリットは以下の5つだ。

  • 事業部長の能力に依存しやすい
  • 経営資源の無駄が出やすい
  • 事業部間の交流、干渉がない
  • 事業部や事業部長が独自路線を走りやすく、ときに暴走する
  • 汎用性の高いスキルが身に付きにくい

3-3-1.事業部長の能力に依存しやすい

意思決定はスピーディーになるが、事業部長が力不足の場合は、間違った意思決定をスピーディーに行ってしまうため、スピーディーに失敗し、ときには赤字を積み上げてしまうことになる。

3-3-2.経営資源の無駄が出やすい

リスク分散がメリットだが、裏を返せば経営資源も分散しやすい。

各事業部は原則単独で事業を行うため、他事業部との連携、情報共有を必ずしも必要としないが、このことが仇となる。

有名な失敗例としては、A事業部で取得済みだった特許と知らず、B事業部で新たに同じ特許をとろうとしていた会社があった。事業部間では情報が流通しにくい。

他にも様々な無駄が生まれる。例えば、各事業部が大きくなってくると、事業部に精通した管理スタッフ(総務、経理など)を設ける必要性が出てきてしまい、本社の管理スタッフと人員が重複することがある。

この例は距離的な制約がある、エリア別組織でよく起こる。本社総務、工場総務、支店総務のように各地に総務が出現し重複を生む。

3-3-3.事業部間の交流、干渉がない

事業別組織では、人材の囲い込みが起きやすい。

業務経験を通じて人材は成長するため、業務が拡大している事業部、つまり業績好調の事業部で、より多くの人材が生まれることになる。当たり前かもしれないが、業務が少なければ人は育たない。

だとすると、業績好調なA事業部で育ったエース人材を、他事業部に配置転換することで経営効率は上がる。しかし多くの場合、A事業部はエース人材を手放さない。他事業部の業績に関心が持てないからだ。

さらに事業部組織では、お互いの業績に干渉しにくい状況が発生する。

例えば、B事業部が赤字であったとしても、B事業部のことは、B事業部の社員が一番詳しいため、他事業部からは口が出しづらい。事業部長と取締役が兼任である場合は最悪で、取締役間で建設的な意見交換ができない事態に発展する。

このような関係では、事業の立て直しや、撤退が難しくなり、気づいたときには全社が傾くこともある。特にB事業部が、経営者の肝入りだと口出しは容易ではなく、ガバナンスなど存在しないも同然のような状況が生じる。

3-3-4.事業部や事業部長が独自路線を走りやすく、ときに暴走する

事業別組織では、事業部に対する帰属意識は高まるが、会社への帰属意識が弱くなりやすい。例えば、A事業部が大きな黒字を出し、B事業部が大きな赤字を出しているときに、A事業部の社員がB事業部の社員を軽視したり、「B事業部のせいでボーナスが増えない」と愚痴を言うようになる。会社としてのアイデンティティがどこにあるのか、次第にわからなくなってくる。

また、業績が良い事業部ほど独自路線を走りたがり、事業部特有のルール、風土を形成しやすい。独自路線を慎むよう、他事業部から声は上がるものの、業績が良いだけに強くたしなめることができない。

さらに付け加えれば、大きな業績をあげたA事業部長がスピード出世を果たし、代表取締役になることもあるが、事業の成功によりカリスマ性を帯びてしまうと、その後に大きな問題が起こり得る。

A事業こそが会社を飛躍させる事業であると周囲に働きかけ、全社に占めるA事業の比率を大幅にあげたり、過度な投資を先導するようになる。いわゆる「授かり効果」が発生してしまう。

「選択と集中」という言葉があるため、A事業への集中が正しいやり方だと錯覚しやすいのだが、液晶事業に過度な投資をしたS社、原発に依存してしまったT社の例を見れば、過度な選択と集中は、大きなリスクを伴うことは明白である。(もっと言えば、リスク分散という事業別組織が持つ本来のメリットがなくなってしまう)

そして、2社の例を見れば、ガバナンスが難しくなる最初の原因が、事業別組織の構造自体にあることがわかるのではないか。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」のような状況を生み出しやすいのが、事業別組織の大きなデメリットだ。

3-3-5.汎用性の高いスキルが身に付きにくい

事業別組織の特徴は、製品・エリア・顧客を細分化することで、情報やノウハウを蓄積していくことにある。

裏を返せば、特化した事業分野における特別な情報やノウハウに依存してしまい、いざ、その事業分野を離れてしまえば、強みを失ってしまう可能性が高い。

例えば、「飲食業に特化した人事制度コンサルント」が、「自動車業界のコンサルティング」ができなかったり、「人事制度のコンサルタント」が、「売上拡大のコンサルティング」ができなかったりするなど。

特化した飲食や人事制度に詳しくなるかもしれないが、コンサルタントとして幅広い教養を磨く機会を、失う可能性が高い。

3-4.事業別組織における人事制度設計のポイント

3-4-1.機能を担当する取締役を、事業部長より上位に置く

(←事業部や事業部長が独自路線を走りやすく、ときに暴走する)

ガバナンスを効かせるために、経営責任と執行責任を分離すべきだ。全社の経営責任は取締役、各事業の執行責任は事業部長が負う体制にする。

具体的には、代表取締役と事業部長の間に、人事、財務など主要機能に関する担当役員を配置し、全事業部を横ぐしでマネジメントしてもらう。

事業部長に権限委譲することが、事業別組織を成功させる鍵となるが、全権を委譲してはならない。人事面では人員配置や、次の事業部長の選任、最終面接など、財務面では投資基準、撤退基準、売上・経費の計上ルールなどは事業部長より強い権限を持つ、担当役員の責務としたい。

キャリアパスとしても、事業部長→代表取締役はNGで、事業部長→機能担当役員→代表取締役としたい。

取締役を任せられる人材が豊富にいない場合でも、事業部長を取締役にしてしまうのではなく、執行役員にとどめ、取締役の人数を絞ったほうが良い。

代表取締役が事業部長を兼任するのは、極力避けたほうがよいだろう。事業が上手くいかないときの撤退判断や、事業が上手くいきすぎたときの極端な投資判断に影響が出る。

3-4-2.若手主体の全社横断プロジェクトを行う

(←事業部間の交流、干渉がない)
各事業部から若手を抜粋して、全社横断型のプロジェクトを行う。

プロジェクトの評価、監督を取締役が担うことで、若手のエース人材を見極め、人材の囲い込みができないようにする。

プロジェクトのテーマは、全社に関わるものとし、会社のアイデンティティを損なわないようにする。例えば、以下のようなものがよいだろう。

  • A事業部の成功要因を抽出し全社に展開する
  • 経営理念の浸透を行う
  • 採用力を強化する
  • 機能(製造・マーケティング・営業・アフターなど)強化の施策検討を行う
  • 各組織構造のメリット、デメリットを整理する

時事ネタやトレンドを意識したテーマを扱ってもよいが、その場合でも事業別組織の弊害を打ち消す方向でプロジェクトを企画して欲しい。

3-4-3.花形事業部から別事業部にエース人材を異動する

(←事業部長の能力に依存しやすい・事業部間の交流、干渉がない)

業績好調な事業部で育ったエース人材を、他事業部に配置転換する。

先にも書いたが、社員は業務経験を通じて成長する。業績好調な事業部では様々な業務に挑戦し経験を積むことが可能だ。対して、業績が横ばい、もしくは不調の事業部では、どうしても業務経験の幅が出にくいため、エースが育つ確率は低い。

このように、エース人材を輩出する部門には、かなり偏りがあることが多い。したがって、取締役主導で、しっかりと成長したエース人材を異動させ、組織を活性化していくことがとても重要であると思う。

事業部長、もしくは部長になる昇格要件に、「事業部を2つ以上経験したことがある」を盛り込んでおくなど、制度化したほうがよいだろう。

花形事業部の事業部長も、エース人材も異動を嫌うと思うが、複数の事業分野での経験や、好調な事業、不調な事業の両方を経験しておくことは、エース人材が事業部長になったときに役に立つはずだ。

異動させるのは、花形事業部でも影響力を持つ「エース」であるべきだ。異動先で結果を出してもらう必要があるし、事業部間の交流に一役買ってもらう必要もある。「普通」の人材では、これらの役割を全うできない可能性が高い。

尚、一部のエース人材は管理部門への異動でもかまわない。いずれにせよ、取締役になり全社を見ることになれば、管理部門に関する知識、見識も必要になってくる。

3-4-4.事業部長に権限を委譲する

(←意思決定スピードが速くなる)
人事、財務の重要事項を除いて、事業部長に大権を渡すことが肝要だ。予算の範囲内であればどんどん任していく。

予算以外にも職務権限規程をはっきりとしておき、事業部長がどこまで責任と権限を持つか明示する。

権限委譲のし過ぎは危険だが、全く権限委譲しない事業別組織など、何のメリットも教授できないハリボテになる可能性大である。

3-4-5.管理職の昇格審査を厳密に行う

(←汎用的なスキルが身に付きにくい・経験が少ない社員でも成果が出しやすい)

事業が好調なときは、社員の成長スピードより、事業の成長スピードのほうが速くなってしまうことがある。

この事象を認識しないまま、事業部内で社員を次々に昇格させていくと、実力不足の管理職が量産されることになる。認識していたとしても、事業が大きくなると、各所に管理職を配置する必要が生じるため、やはり実力不足の管理職が次々と生まれてしまう。

これは少なくない弊害を生む。具体的には、マネジメントが効かず組織風土が荒れてしまい、品質低下、顧客からのクレーム増加、社員の士気低下、離職率の上昇、コンプライアンス違反などが次々と起こる。

端的に言えば、ディフェンス力が大きく低下していく。

管理職の昇格審査は、人事部主導で行う必要があるだろう。細かい審査基準は割愛するが、事業部の推薦で昇格者を決めるのではなく、客観的なテストを行うことが肝要だ。

事業部長の取り巻きが、実力如何に関わらず出世していく構造はなかなか御し難いが、一定のブレーキをかけることは可能だ。

3-4-6.事業部ごとに財務三表を作り、結果を評価、処遇に反映する

(←経営資源の無駄が出やすい・経営幹部や後継者の育成がしやすい)

最低でも事業別にPL(損益計算書)は作りたい。原価だけではなく、販管費も可視化することで無駄が出やすい構造を多少は回避することができる。

できればBS(貸借対照表)、CS(キャッシュフロー計算書)も事業別に整理、可視化したほうがよいだろう。どうしてもPLだけだと短期思考になりやすい。経営の本質は中長期の投資と回収であり、財務三表全てわかってはじめて適切な経営を行うことができるからだ。

ときどき、在庫、売掛、のれんなどを抱えているのに業績好調と勘違いしている事業部長や、会社の信用力で大きな借入・投資を行った結果としての好業績なのに、それを自分の手柄であると勘違いしている事業部長を見かける。危険な兆候だろう。

また、財務規律をしっかりとしていくことが重要だ。事業ごとに財務規律をしっかりと作っていかないと、事業拡大時に全社の財務内容がコントロールできず、1年前は大幅な黒字だったがはずが、1年後には大幅な赤字を計上するといった事態が、しばしば起こる。

売上の計上ルールにはじまり、様々な数字の計上ルールを全社でしっかりとコントロールする必要がある。ここを各事業部に委ねると、大変なことが起こる。

4.プロジェクト型組織に合った人事制度の設計

4-1.プロジェクト型組織とは

プロジェクト型組織とは、プロジェクトごとに専門スキルを有した社員が各部署から集まり、プロジェクトチームを作る組織構造を指す。プロジェクトが完了するとチームは解散し、各社員は元の所属部署に戻るか、別のプロジェクトに参画していく。

顧客ニーズに機動的に応えるという点で、機能別組織や事業別組織より優れており、スピードが求められる今の時代に合った組織構造の1つと言える。

以下のような企業に適している。

  • 組織図がよく変わるベンチャー企業
  • システム開発やコンサルティングのように、プロジェクト単位で顧客から仕事を受注する企業
  • 研究開発を行う企業

機能別組織、事業別組織が企業サイドの論理で編成されるのに対して、プロジェクト型組織は顧客サイドの論理で編成される点が、良い意味でも、悪い意味でも特徴的だ。

ちなみに、プロジェクト型組織と言っても、プロジェクト以外のどこかの部門には所属しているため、実質的には、「機能別組織をプロジェクト中心に運営する」、もしくは「事業別組織をプロジェクト中心に運営する」ということになる。

プロジェクト組織

4-2.プロジェクト型組織のメリット

プロジェクト型組織の主なメリットは、以下の3つだ。

  • 顧客の要望変更に対応しやすい
  • 環境変化や様々な顧客ニーズに対応しやすい
  • チーム運営がしやすい

4-2-1.顧客の要望変更に対応しやすい

プロジェクトマネージャーに権限が与えられるため、プロジェクト中に発生する、顧客からの細やかなニーズや要望変更に対して、プロジェクトマネージャーの権限で、迅速に軌道修正することが可能だ。

4-2-2.環境変化や様々な顧客ニーズに対応しやすい

プロジェクトごとにチームメンバーを編成するため、様々な状況に対応しやすい。

大型案件、中小案件など案件の規模によってメンバーを編成できたり、チャレンジグな案件にはそれにあったメンバーを選抜できたり、組織編成の柔軟性が極めて高い。これは、他の組織構造にはない大きなメリットと言える。

4-2-3.チーム運営がしやすい

プロジェクトチームは、責任者、目的、期間、参加するメンバー、役割などが明確であることが多いため、メンバー内では意思疎通がしやすい。

4-3.プロジェクト型組織のデメリット

プロジェクト型組織のデメリットは、以下の3つだ。メリットが大きい分、反動としてデメリットも大きい。

  • 仕事が偏在し、人材育成がやりにくい
  • 会社内の指示命令、評価の系統がわかりにくい
  • 会社や所属部門への帰属意識が持ちにくく、ノウハウが蓄積されにくい

4-3-1.仕事が偏在し、人材育成がやりにくい

プロジェクト型組織の特徴は、顧客や案件に合わせて組織を動かしていくところにある。つまり、仕事が人を選ぶ。

したがって、優秀なマネージャーや社員に、人や仕事が集中する。

プロジェクトマネジメントが下手なマネージャーには、案件やリソースとしてのメンバーが集まりにくい状況が発生したり、スキルや経験を十分に備えていないメンバーがアサインされにくい状況が発生する。

また、既に保有しているスキルの発揮が求められるため、同じようなプロジェクトにアサインされがちであり、未知の分野、苦手な分野のプロジェクトに関わる機会が制限される。

プロジェクトが恒常的に大型化すると、新人や若手社員が裁量権を持って業務を行う機会が減る。モチベーションが上がらず最悪退職につながる。

仕事の偏りは、教育の偏りに直結する。

4-3-2.会社内の指示命令、評価の系統がわかりにくい

プロジェクトごとに、組織がコロコロ変わるため、指示命令系統がわかりにくいというデメリットを持つ。顧客や案件都合で機動的に組織を編成しているわけだから、社内が混乱するのはある意味必然である。

状況によっては、プロジェクトマネージャーと所属組織の上司が異なるため、誰が上司かわかりにくく、特に人事評価では問題になりやすい。

プロジェクトマネージャーを評価者にすると、人事評価の対象となる期間(例えば、4月~9月)と、プロジェクトの実施期間(案件ごとにバラバラ)が一致しないという問題が起こる。

所属組織の上司を評価者にすると、同じプロジェクトにアサインされていない場合、仕事ぶりを見ずに評価するという問題が起こる。

多くの会社では、両方が評価者を務めることになるが、それはそれでマネジメントコストが高い、という別のデメリットを生む。

これらを避けるために、所属組織とプロジェクトを一致させる編成にすると、本来のメリットである機動力が落ちるため本末転倒である。

つまるところ、プロジェクト型組織のメリットは外にあり、デメリットは内にある。

4-3-3.会社や所属部門への帰属意識が持ちにくく、ノウハウが組織に蓄積されない

プロジェクトからプロジェクトを渡り歩いていくことになるため、会社や所属部門への帰属意識が醸成されない。

事業別組織のケースでは、会社への帰属意識が持てないと指摘したが、プロジェクト型組織では所属部門への帰属意識も生まれにくいため、帰属意識そのものがあまりない、という事態が起こりやすい。

当然、転職や独立が発生しやすく、人を維持していくために、常に採用を行う必要に迫られる。

結果的に、ノウハウが人に紐づくことになり、組織に蓄積されないという大きなデメリットを生む。

「プロジェクト」と言えば聞こえはいいが、組織図としては流動的であり、実態としては、人と人とのつながりがより試される組織図と言える。

4-4.プロジェクト型組織における人事制度設計のポイント

4-4-1.プロジェクトマネージャーへの権限委譲と教育

(←メリット全般の強化)
プロジェクト型組織のメリットである、顧客対応力、機動力が発揮されるのは、プロジェクトマネージャーに決定権があるからだ。権限委譲が前提で、それがなければスピードは出ない。

ただし、自由に動いてもらうからには、マネージャーとしての質が高くないといけない。タスク管理、労務管理を中心に最低限のマネジメント力がなければ、社員がボロボロ辞める事態を招く。

4-4-2.プロジェクトの目標設定と評価の実施

(←会社内の指示命令、評価の系統がわかりにくい)
プロジェクトの品質管理や、利益管理をしていない会社はないと思うが、プロジェクトの総合的な評価を実施している会社となると、案外少ないのではないか。

総合的な評価には以下のような項目があると良いだろう。

  • 売上、利益などのKGI
  • Quality:品質
  • Cost:コスト(人件費管理)
  • Delivery:納期
  • サービス
  • 顧客満足度
  • 難易度(技術面、顧客面、規模面、人員面など)

上記の評価項目について、きちんとPDCAをまわしていく体制を構築する。プロジェクトごとに開始時期、終了時期がバラバラなので、人事部では評価のPDCAを回すことができない。システムを構築し、現場主導でPDCAを回せるようにしないといけない。

上記の評価項目は、受注時にある程度決まるため、多くのプロジェクトでは受注後に総合的な目標を設定していないように感じているが、実態はどうであろうか。

少し考えればわかることだが、目標がなければ評価は曖昧になりやすい。何かしらの基準があるから、「できている」「できていない」という評価が下される。

まずはプロジェクト目標の明示から始めることをおすすめする。

4-4-3.ピープルマネジメント担当の設置

(←仕事が偏在し、人材育成がやりにくい)
前述したように、プロジェクトのアサインは、顧客の要望、プロジェクトの特性など、プロジェクト側の力学で決まっていくことが多い。

特に、人不足が状態化している2020年代では、とにかく仕事ができる人から順にアサインしている実態がある。要は短期的視点で最適化を行っているに過ぎない。

中期的視点で、社員の育成を行っていくためには、プロジェクトの力学とは別の力学で、アサインを行うマネージャーが必要になる。プロジェクトマネジメントに相対する形で、ピープルマネジメントを専門に行うマネージャーを設定することをおすすめする。

ピープルマネージャーはキャリア開発支援、プロジェクトをまたぐ総合的な労務管理を行う。尚、ピープルマネージャーはプロジェクトマネージャーの上司である、部長、ゼネラルマネージャーが兼任するのは避けたいところだ。このポジションにいる人たちは、プロジェクトや会社の力学で動くため、かなり器用な人でないと兼任は難しいだろう。

4-4-4.コーポレートブランディング

(←会社や所属部門への帰属意識が持ちにくく、ノウハウが蓄積されにくい)
プロジェクト中心で組織運営をすると、離職率がある程度高くなることはやむを得ないだろう。(まったく離職がない場合は、ぬるま湯になっている可能性が高い)

離職率を下げるにしろ、離職者の補充を行うにしろ、会社のブランド強化が必要になる。

  • 自社にしかない技術
  • 自社にしかないプロジェクト
  • 自社OBOGであることの名声(元リクルート、元マッキンゼーなど)

プロジェクト型組織で長期にわたって成長している会社は、コーポレートブランディングに相当な力を入れてきたことが伺える。

プロジェクト中心で動くため、自社OBが、顧客になったり、業者さんになったりするケースも非常に多い。それゆえ、卒業生であるOBOGの扱いが大切だ。

4-4-5.ナレッジマネジメントの強化

(←会社や所属部門への帰属意識が持ちにくく、ノウハウが蓄積されにくい)
プロジェクトで得た知見を、各自から吸上げ、形式知として蓄積していく仕組み・担当を作る。

  • 専門技術、知識
  • プロジェクトマネジメントのやり方
  • 顧客、業界、商品別にカスタマイズされたノウハウ
  • 人材育成の方法
  • プロジェクトアサインの方法

こうしたナレッジが年々蓄積されていく方法を編み出す必要がある。

5.まとめ

▼組織構造別のメリット・デメリット

メリットデメリット
機能別組織・トップダウンが効く
・機能(職能)のスキルアップがしやすい
・経営資源の無駄が出にくい
・意思決定スピードが遅くなる
・利益視点が弱くなる
・セクショナリズムが生まれやすい
事業別組織・意思決定スピードが速くなる
・リスク分散ができる
・経営幹部や後継者の育成がしやすい
・経験が少ない社員でも成果が出しやすい
・事業部長の能力に依存しやすい
・経営資源の無駄が出やすい
・事業部間の交流、干渉がない
・事業部や事業部長が独自路線を走りやすく、ときに暴走する
・汎用性の高いスキルが身に付きにくい
プロジェクト型
組織
・顧客の要望変更に対応しやすい
・環境変化や様々な顧客ニーズに対応しやすい
・チーム運営がしやすい
・仕事が偏在し、人材育成がやりにくい
・会社内の指示命令、評価の系統がわかりにくい
・会社や所属部門への帰属意識が持ちにくく、ノウハウが蓄積されにくい

 
▼組織構造別の人事制度設計ポイント

デメリット
機能別組織・「報連相」「情報収集」の質、量を高く評価する
・「改善提案」「定量化・可視化」を推奨し評価する
・専門スキルの習得、発揮を評価する
・スキルリストを作成し、昇格要件や教育に用いる
・専門スキルの研修を充実する
・個人賞与の支払い額と、全社目標達成度を連動させる
・ジョブローテーションを行う
・管理職の昇格条件や評価項目に「調整能力」の高さを入れる
事業別組織・機能を担当する取締役を、事業部長より上位に置く
・若手主体の全社横断プロジェクトを行う
・花形事業部から別事業部にエース人材を異動する
・事業部長に権限を委譲する
・管理職の昇格審査を厳密に行う
・事業部ごとに財務三表を作り、結果を評価、処遇に反映する
プロジェクト型組織・プロジェクトマネージャーへの権限委譲と教育
・プロジェクトの目標設定と評価の実施
・ピープルマネジメント担当の設置
・コーポレートブランディング
・ナレッジマネジメントの強化