部長・課長といったマネジメントラインではなく、専門性を磨きその分野の第一人者として、社会・顧客に貢献するのが専門職だ。
高度な専門知識を持った人材の採用、育成を意識して、専門職コースを設ける会社が増加している。
労政時報・第3928号に掲載されたアンケート調査によれば、45.3%の企業が「マネジメントを行わない専門職コースを設置している」と回答した。(調査実施は2016年11月、N:106社)
専門職に高給で報いる会社も出現している。例えば、最近ではNTTドコモが「シニア・プロフェッショナル制度」の導入を発表した。日刊工業新聞の記事によれば、専門職の一部は、年俸3,000万円超えもあり得るという。
上場企業の取締役の平均年収が2,000万円台なので、「専門職に3,000万円」は高い期待の表れと言えるだろう。
しかし、高給の専門職と言っても、「希少性が高いために、高い値札がついた」というもので、「どうやれば専門性が高い人材が育ち、会社業績に貢献するようになるのか」という問いに、明確に答えられる企業はまだまだ少ないのではないか。
その証拠に、AIやIoTといった新しい産業で高給の専門職は生まれているが、成熟産業、例えばサービス業や製造業で年収2,000万円を超える専門職の話はあまり聞かない。
企業によっては、単にコース名をつけただけで中身が詰まっておらず、作ったそばから形骸化しているケースも珍しくない。“総合職”というコースを設けたら、優秀な総合職が育つわけではないのと同様、専門職というコース名で人が育つわけではないからだ。
本記事では、以下の4点に分けて、専門職(スペシャリスト)コースの中身を解説していく。これを読めば専門職コースの概要がつかめるだろう。
1.専門職の定義
スペシャリストである前にプロでなければならない
例えばある野球選手がいて、“バントのスペシャリスト”を自認していたとする。バントの方法論について語らせたら、溢れんばかりの知識、見識。
そこまで言うならと、1点が重要になる緊迫した試合で代打で出したら、まさかのバント失敗。「スペシャリストにも失敗はあるさ」ということで、次の試合にも出してみたけど、やっぱり失敗。数試合連続でバント失敗したところであえなく2軍落ちとなった。
こんなスペシャリスト、あなたのチームに必要だろうか。
つまり、スペシャリスト(専門職)やその対義語であるゼネラリスト(総合職)といったくくりに関わらず、成果が出せないアマチュアと、成果を出せるプロフェッショナルがいるのだ。
お客様や会社が求めているのは、成果に責任を持つプロだけだ。
バントに絞った(専門とした)のであれば、バントを高確率で成功させる必要がある。
図解すると、マトリクスの右上のポジションがあるべき専門職だ。
ゼネラリスト(総合職)⇔スペシャリスト(専門職)
プロフェッショナル⇔アマチュア
スペシャリストなら、対応力があるはずだ
さて別の事例でもう少し考えてみたい。
私は人事コンサルティングを生業としていて、お客様の会社の人事制度を作ったり、運用する支援をしている。
今では人事を専門としているが、ひと昔前は、マネジメントコンサルも、営業コンサルも行っており、経営理念の研修もやれば、新入社員研修も行う、何でも屋みたいなところがあった。ゼネラリストだったと言っても良いだろう。
自社のやりたいことを考えた結果、人事に焦点を当てることにした。しかし、絞ってみてすぐにわかったことだが、人事は経営の様々な部分に関わっているため、広い分野のことを少しずつ知らないといけない。
- 非営利団体の人事制度とは?利益以外の成果って何?
- 大企業と中小企業とベンチャー。人事制度はどう作り分ける?
- 労働組合の対応はどうする?
- 決算、配置、評価のタイミングをどうする?
- 評価は管理会計の数字を使う、それとも財務会計の数字を使う?
- 評価のクラウド化(システム化)はどうする?
- 新規事業、商品開発の評価はどうする?
経理、労務はもちろんのこと、新規事業やシステムなども絡んでくる。人事という分野に絞っていても、様々なことに対応しようとすると、縦に横にと広げていかざるを得ないのだ。
これは私の仕事だけではなく、多くの仕事に共通することだろう。
専門性を極めんとすれば、幅広い知識がどうしても必要になる。もちろん、パートナーとチームを組んで対応することもできるが、誰かに任せるとしても最低限の知識が必要になる。
専門職とは穴掘りと一緒なのだ。深く掘ろうとすれば、小さな穴では難しい。横に穴を広げないと下に掘り進めることはできないのだ。
様々な事案に対応できる熟練者をエキスパートと呼ぶ。(対義語はビギナー)人事という分野に絞ったのであれば、人事の様々な問題に対応できなければならない。
もっと端的に言えば、「昨日から人事専門のコンサルタントやってます!」というビギナーに声をかける会社はないだろう、ということだ。
図解すると、マトリクスの右上のポジションがあるべき専門職だ。
ゼネラリスト ⇔ スペシャリスト
プロフェッショナル ⇔ アマチュア
エキスパート ⇔ ビギナー
問題はプロっぽくないエキスパート
基本的に、「プロ」で「エキスパート」な専門職がいい。問題となるのはちょっと受け身なエキスパート達だ。
長く特定分野に関わってきたため、対応力はずば抜けて高く、ビギナーにはとてもできない技を持っている。危機やトラブル対応を任せればピカ一。しかし、決して自分から率先して動くわけではない。どこかコミュニケーション下手で、チームを組んで大きな成果を出しているわけでもない。
こういうベテラン、世の中には沢山いるのではないか。さて、こういった方々に部長や課長と同じ報酬を支払っていいのか?ちょっと悩ましいところだ。
一定数存在していると有難いのだが、あまり多くいても人件費が上がり利益を圧迫してしまう。業態によって最適解は異なるが、プロっぽくないエキスパートについては定員を決めておくべきだろう。
専門職コースのイメージ
まとめると、専門職コースの概念は図のようになる。
プロ意識を最初からある程度持ち、経験を積みながらエキスパートを目指す。その中で大きな成果を出すプロになる。
スペシャリスト(専門職)の中に、エキスパート(熟練者)とプロフェッショナル(成果を出す人)がいる。プロかつエキスパートが目指す「頂」だ。
言葉の定義は各社各様でいいかもしれないが、専門職制度の中で「成果責任」の視点を入れることを強くおすすめする。成果を追求していない専門職など、所詮アマチュアに過ぎないからだ。
2.専門職に期待する役割
成果を出すこと
専門性は必要条件であって、十分条件ではない。私たちは全員プロであり、成果を出すことが要求される。
特定分野に絞ったのであれば、その分野では確実に成果を出すべきだ。
その前提で、成果の「レベル感」について考えてみたい。
専門性を発揮して、周囲を変えること
レベル3:創造
医療の事例になるが、ノーベル賞を受賞した山中教授が研究しているIPS細胞。IPS細胞の登場で、再生医療が大きく変わろうとしている。
専門職のごく一部、第一人者と呼ばれる人たちは、業界、市場ごと大きく変えてしまうことがある。専門職の最上位に位置づけられるだろう。
レベル2:置換
「創造」とまでいかないにしても、その専門的知識によって会社内のマネジメントやオペレーションをごっそり置換できる人たちがいる。
例えば、黎明期のスマホを開発した人たちは「創造」の域にいる。スマホの決裁アプリを早期に導入して、決済業務を効率化するのは、「置換」の域にある。
マネジメントやオペレーションに変革をもたらすことができる人たちも、会社やお客様への貢献度が高いと言える。
レベル1:対応
アプリの開発まではできないかもしれないが、どのようなアプリの導入もスムーズに行うことができ、様々なトラブルにも対応できる。こうした領域は「対応」だ。
専門家を自称するのであれは、「対応」が最低限の力量と言えるだろう。高給を支払えるのは、「創造」「置換」のレベルにいる人たちだ。
リーダーシップorパートナーシップ
専門性を発揮して成果を出すには、リーダーシップやマネジメント力が必要になってくる。折角、マネジメントをしなくて良いはずの専門職なのに、どうして?と思うかもしれない。
IPS細胞の山中教授を例に考えてみよう。超がつく専門職と言っていい方だろう。
教授の仕事が、「研究や論文を書くことだけ」ではないのは想像に難くない。
1人で研究しているわけではなく、当然チームでやっている。誰がそのチームをリードしているのか。そもそもどうやって人を集めたのか。
研究には多額の費用が必要になる。誰が、誰を説得してお金を集めたのだろうか。今ではIPS細胞は有名になり、スポンサー集めは楽になったかもしれないが、教授や研究テーマが無名だったころ、どうやって資金繰りをしたというのか。
論文の不正に関する問題もあった。誰が責任をとり、誰が組織を改善するというのか。
チームづくり、資金繰り、改善活動など。山中教授が自分でやるか、代わりに誰かにやってもらうことになる。
つまりリーダーシップか、パートナーシップが必要だ。リーダーシップがないにしても、人付き合いがまったくできない、では困るのだ。
人付き合いが不得手な「異端」で許されるのは、ほんの一握りではないだろうか。
説明能力
専門性を高めれば高めるほど、その内容は高度なものとなり、周囲のビギナーとの情報格差は大きくなる。
そのときに、難しい内容を難しい言葉で説明しても、周囲は理解してくれない。理解できなければ協力者を募ることはできない。
新たな投資を促すには経営陣を説得する必要が出てくるが、説得できなければ、投資も進まず新しい技術が導入されることはない。その専門知識が経営にインパクトを与える日は来ない。
難しいことを易しく説明する能力は、専門性の高さと比例する形で必要になってくるのだ。
やって欲しくないこと
一番やって欲しくないことは、知識やノウハウの囲い込みと、外部への流出だろう。
専門家に多い発言は、「人には教えられない」「ビギナーには真似できない」というものだ。
専門家の気持ちになってみれば当たり前なのだが、自分がプライドを持ってやっていることが、誰にでもできると思いたくないし、思われたくないだろう。自然な感情だ。
しかし、成果を追求していくとするなら、今ある知識・ノウハウは誰かに引き継いでしまい、より新しい、高度な知識・ノウハウの獲得を目指すようになるはずだ。
また、まったくのビギナーでは、助手としても使いづらいから、知識・ノウハウをある程度伝授しなければ、助手とタッグを組んで小さなチームを作ることすらできない。
人材育成は専門職に必須の役割だ。
外部への知識・ノウハウの流出について、補足説明は必要ないだろう。
少し話がそれるが、人材の流出を防ぐことはかなり難しい。魅力的な人材は引く手あまた。お金で引き留めるのもいいが、より魅力的な仕事と環境を与えることが、ノウハウ流出を防ぐ最善の方法ではないかと思う。
3.専門職の人事評価
期待する役割が整理できれば、人事評価の内容も自然と整理される。(裏を返せば、評価項目が曖昧な会社では、各自に期待する役割が不明確なのだ。)
評価項目は、ずばり以下の6点に集約される。
- 成果
- 専門性の発揮による変革(創造・置換・対応)
- リーダーシップorパートナーシップの発揮
- 説明責任
- 後進の育成
- 情報管理(モラル)
これらの要素をもとに評価シートを設計すればいいだろう。
より高い報酬を約束する専門職に対しては、1や2の項目、つまり結果責任の評価ウェイトを上げることをおすすめする。3~6は行動責任でしかないからだ。
ここまで読んで疑問に思った方も多いと思う。「1~6は、ゼネラリストも同じではないか?」と。
ある程度、評価項目の大枠は似てくるだろう。成果を追求していく点は、ゼネラリストも、スペシャリストも同じだからだ。何を武器にしているか、という点が異なるだけだ。
もちろん、項目の大枠は似てくるが、内容の文言はかなり異なるものとなる。
4.専門職の登用基準
一番厄介な専門職とは、何をお願いしても「それは難しいですね」と、できない理由を難しい言葉をあれこれ並べて説明してくる人だ。聞かされたほうは何もできない。
実際に難しいのかもしれない。しかし、それを言ってしまってはお終いだ。こうした人たちに高給を支払ってはいけない。
逆に、ビギナーにわかる言葉で、「それは難しいですが、こういう方法だったらチャレンジしてみる価値はあると思います。」と言ってくれる人。それが会社に必要な専門職だ。
このように考えると、専門職への登用基準は、以下の3点と言える。
- 専門性が高いこと
- 説明能力があること(難しいことを易しく)
- 複数の選択肢が提示できること
まとめ
- 専門職とは、プロかつエキスパートな人たちのこと。
- 専門職に求めるマインドは、「できる方法を考える」こと。
- 専門職に期待する役割は、以下の6点。
①成果を出すこと
②専門性の発揮による変革(創造・置換・対応)
③リーダーシップorパートナーシップの発揮
④説明責任
⑤後進の育成
⑥情報管理(モラル)