就職のために留年する、という学生の話。

そろそろ2017卒の就職活動の時期も終わりである。

マイナビの調査に寄れば、8月末時点での内定率は約8割。

9月末ではもう少し高いだろう。逆にいえば、まだ2割位の学生は内定を持っていない、という状態だ。

 

そんな中、知人を通じて一人の学生から「就職のために留年する」という話を聞いた。

なぜ留年するのかと言えば、新卒の方が、大企業への就職に有利だからだそうだ。

「新卒しか受け入れてくれない大企業もたくさんあります。その場合、既卒になってしまうと100%受け入れてくれません。だから留年した、というほうがまだ良いかと。」

と彼は語ってくれた。

「なぜ留年したか?と聞かれるんじゃないですか?」と訊ねると、「語学留学してました、とでも言っておきます」という。

正直、それが本当に大企業への就職に有利に働くかは分からないが、とにかく彼は「大企業、新卒で」ということに強いこだわりがあった。

そこで、私は聞いてみた。「なんで、そこまで大企業にこだわるんですか?」

彼は、周りの人にもよく聞かれるのだろうか、即答してくれた。

「そうですね、僕は実は行きたい会社、ってないんですよ。やりたい仕事もないし。」

「そうなんだ」

「で、やりたい仕事がないと両親に相談したら、迷ってるんなら、大企業や名の知れた企業にいけばいい、と言われたんです。」

「なるほど。」

「ウチの両親は金融機関で働いていたんですが、両親が言うにはですよ、大企業に行けば、教育が充実していて、成果をガリガリ求められることもない、そんな簡単にクビにもならず、でも給料はそこそこいい。あとは、合わない上司も数年で異動になるから、合わない人と仕事しなくていいから、ストレスも小さいって。」

「ほう。」

「中小企業に行くと、苦労の割には報われないよ、って言われました。」

そして、彼は慌てて付け加えた。

「あ、でも私個人は中小企業やベンチャーが嫌いなわけじゃないですよ。スタートアップにいって、バリバリ働くのも、一種のあこがれを感じます。」

「でも、大企業に行くために、留年までするんですよね。」

私が指摘すると、彼は言った。

「そうなんです。友達にも言われます。中小だっていい会社たくさんあるじゃない」って。

「おっしゃる通りで、スタートアップだって、大企業以上に夢があって、働きがいのある会社はたくさんあります。」

「そうなんですが……いい大企業を見つける方が、いいベンチャーを見つけるよりはるかにカンタンなのではないでしょうか。」

「確率の問題だと?」

「そうです。」

 

確かにそうかもしれない。

中小企業では社長と意気投合し、会社に入ったはいいが、実は内部のマネジメントがメチャクチャ、なんていうパターンはたくさんある。

また、スタートアップや中小企業は残念ながら経営が不安定だ。入って5年もすれば、人も事業もすっかり入れ替わってしまう、なんてこともよくある。

逆に、大企業であれば噂や商品、経営状態についても情報が溢れており、良くも悪しくも、大企業に入って予想を裏切られる、というパターンのほうが、中小・スタートアップに入って予想を裏切られるパターンよりは少ないだろう。

大企業の正社員は結局、「リスクを取りたくない」という学生にとって、真の意味でぜひとも手に入れたいポジションなのだ。

彼は言った。

「私のように、なんとか大企業に入れば、という学生、多いですよ。スタートアップや中小に行くといったリスキーな就職をする人なんて、優秀で、自信のあるほんの少しの学生だけです。」

結局、彼は来年また、「新卒」というカードを使い、なんとか大企業に滑り込もうとするのだろう。

 

私は学生の話を少し、反芻してみた。

この学生には悪いが、おそらく来年も、仕事についてよく考えないままに就職活動しても、また同じことの繰り返しになるだろう。

採用側はそれほどバカではない。

彼は会社の本質である「成果を出すため」に仕事をするわけではなく、「自分を守ってくれる所」を求めて職を探している。

かつてはそれでも良かったのかもしれないが、今は大企業ですら成果を出さない社員には冷たい。40、50歳になってリストラされている中高年を見ると、それがよく分かる。

万が一、運良く大企業に入ったとしても、このマインドのままでは中高年で企業から放逐される可能性は高い。

だから、彼が就職活動を終えるためには、自分が直面している「働くこと」、もっといえば「他の人の役に立つということ」について深く考え直す必要がある。

幸いなことに、若いということは簡単にやり直しができる、ということだ。

来年までじっくり「働く意味」について考え、今度こそ良い就職活動をしてほしい、と願うのである。