株式会社ボーネルンドは、子ども向け玩具の販売や、あそびの環境づくりに取り組む企業です。
「あそび」を通じた発達支援のパイオニアとして、40年以上の歴史があります。2025年時点で日本に存在する企業のうち、創業から40年以上存続している企業は全体の約2.9%にとどまることを考えると、そのすごさがよく分かります。
しかも、玩具業界は成熟産業といわれています。少子化による市場の成長率の鈍化、大手メーカーによる寡占化、さらには技術革新が起こりにくいことなどが理由です。
こうした厳しい環境の中で、ボーネルンドが生き残り、支持を集め続けてこられたのはなぜでしょうか。
ボーネルンドの成功要因は、主に以下の3点です。
・身近なものの捉え方を見直し、市場の枠組みを変えた
・理念を軸に、時代に合わせてブランド価値を育てた
・人材育成やターゲット選定により、競合と差別化して利益を出した
本記事では、それぞれの要因について解説していきます。
1. 会社概要
株式会社ボーネルンドは、教育玩具や育児用具、教具・大型遊具の輸入・開発・販売を手がける企業です。また、親子の室内あそび場「キドキド」の運営や、あそび環境の開発にも積極的に取り組んでいます。
「ボーネルンド(BorneLund)」という社名は、デンマーク語の「ボーネ(Borne)= 子ども」と「ルンド(Lund)= 森」を組み合わせた造語です。日本語に訳すと「子どもの森」という意味になり、子どもたちが自由にのびのびと過ごせる環境を象徴しています。
この社名には、子どもたちに豊かなあそびと育ちの場を提供したいという創業者・中西将之氏の想いが込められています。
【会社概要】
2. 事業概要
ボーネルンドの主な事業は下記の4つです。
(1) あそび環境づくり
(2) 世界のあそび道具の販売
(3) あそび場の運営
(4) あそびの研究
(1) あそび環境づくり
保育園や児童館、ショッピングモールといった公共・商業空間において、子どもが安全に、かつ創造的に遊べる空間の設計や導入支援を行っています。
特徴
① 遊具だけでなく、子どもの体験の質にも注目していること
単に遊具を設置するだけでなく、ボーネルンドはあそび方のコンサルティングやスタッフ向けのファシリテーション研修も実施し、他社と差別化しています。
② ユーザーと対話し、ニーズに合った空間を個別設計していること
例えば、岐阜県海津市の子育て支援拠点施設、「海津市こども未来館 ZÜTTo(ずっと)」では、地域に愛着をもってもらいたいというニーズがあり、遊具に木曽三川や川魚、なまずなどのデザインが施されました。
海津市こども未来館 ZÜTTo(ずっと) ボーネルンドHPより引用
(2) 世界のあそび道具の販売
ヨーロッパを中心とした教育先進国から、発達科学に基づいた高品質な玩具を厳選し、直営店舗、オンラインショップ、カタログ販売など、多様なチャネルを通じて消費者に届けています。
特徴
① 教育・発達科学・安全性を重視した選定をしていること
例えば、ボーネルンドのショップでも人気の高い製品であるマグフォーマーは、子どもがあそびながら“空間認識力”や“論理的思考力”を自然に育めるよう、発達科学の視点から設計された知育玩具です。
形や色を組み合わせる中で、“考えて試す”体験をくり返すことができ、就学前の大切な時期に必要な“学びの土台”を育ててくれます。
また、ボーネルンドのショップで販売されている製品は、ヨーロッパの玩具安全基準「EN-71」に準拠しCEマーク¹を取得しています。
※¹ CEマークとは、EU(欧州連合)域内で製品を販売するために必要な「安全・健康・環境保護・消費者保護」に関する基準を満たしていることを示すマークです。正式には「Conformité Européenne(ヨーロッパ適合)」の略。
② 店舗での体験やあそび方の提案を通した販売形式であること
ボーネルンドの店舗では、商品をただ陳列して販売するのではなく、実際に遊べる空間を設け、スタッフがあそび方を提案する体験型の販売スタイルを採用しています(オンライン販売も行っています)。
実際に私も娘と来店した際に、マグフォーマーの家の作り方を見せてもらいました。平面だった図形があっという間に立体になる様子を見て、娘も目を輝かせていました。
このように商品を自由に手に取って試せるだけでなく、あそび方まで丁寧に教えてもらえるため、来店者の購買意欲を高めることにつながっています。
(3) あそび場の運営
「キドキド」「アソボーノ」といった屋内遊戯施設を企画・運営し、子どもが保護者とともに五感を使って遊べる空間を提供しています。
特徴
① 教育・発達科学に基づいた空間づくりがなされており、安全性も高いこと
例えば、キドキド内でも人気の遊具である「サイバーホイール」は、筒状の柔らかい空気構造をもつ大型遊具です。子どもが中に入って回転したり、身体を預けて弾んだりすることで、バランス感覚や体幹、空間認知力の発達が促されます。
また、床材にはアシックス社と共同開発した衝撃吸収性に優れた「トラックス・ゲルマット」を使用し、転倒時のけがのリスクを軽減しています。
② トレーニングを受けたプレイリーダーがいること
キドキドには、子どもの発達に配慮した専門トレーニングを受けたプレイリーダーが配置されており、子どもの主体的な遊びを促しながら、安心して遊べる環境を作っています。
私が娘とあそびに行った時も、プレイリーダーが楽しく関わってくれました。例えば、おままごとをしていて、出した料理を「おいしい!」「あちちー!」などとオーバーリアクションを交えて食べるふりをしてくれ、娘も嬉しそうにしていました。
他にもみんなでビニールシートを広げて屋根を作ったり、様々な「あそび」を提案していました。
「こうやってあそばなくてはいけない」とあそび方を限定するのではなく、どのように遊ぶのか、子どもが考える機会を提供している姿が印象に残っています。
(4) あそびの研究
子どもの発達に関する調査やデータ発信、教育現場への提言活動も行っており、実践と研究が好循環を生んでいます。
特徴は、他の事業と連携している点です。キドキドでの子どもの様子や、プレイリーダーの知見を研究に活かせることは、同社ならでは強みだといえると思います。
例えば、山梨大学の中村和彦教授と共同で、同社のあそび場「キドキド」における子どもの運動量や動作の多様性を調査しています。
その結果、通常の保育環境と比較して、キドキドでは歩数が約1.5倍、動作の種類が約2倍に増加し、子どもがより積極的に遊ぶことが確認されています。
3. ボーネルンドの成功要因
ボーネルンドの成功要因は、主に以下の4点に整理できます。
(1) あそびというものの捉え方を変えた
(2) 価値提供の場を広げ、人材の力で差別化した
(3) ターゲットを増やした
(4) ターゲットに合わせた出店をしている
(1) あそびというものの捉え方を変えた
ボーネルンドは、欧州の玩具を日本に紹介し、玩具が学びにもつながるということを示し、市場の枠組みを変えました。
1977年の創業当時、日本では「あそび」はご褒美や娯楽とみなされており、学びや成長とは切り離された存在でした。玩具もまた、一時的な喜びを与える消費財としての性格が強く、光や音、キャラクター性といった要素に重点が置かれていました。
創業者の中西氏は、商社勤務時代に多数の海外出張を経験し、特に欧州の玩具文化に衝撃を受けました。
ヨーロッパでは、「あそび」は子どもの発達を支える重要な手段と捉えられており、玩具はその前提に基づいて設計されていたのです。中西氏は単なる輸入販売ではなく、価値を実感として伝える仕組みづくりに注力しました。
具体的には、
・商品に精通したスタッフを売場に常駐させる
・玩具を自由に手に取って遊べる売場設計を導入する
・子どもの発達段階に合わせ、家庭での活用方法を伝達する
といった取り組みにより、「玩具=商品」ではなく「あそび=体験」として顧客に提示するスタイルを確立しました。
当時、「非認知能力」や「発達支援」という概念はまだ一般には浸透していませんでしたが、実際に遊んでもらうことで価値を伝える販売手法は、教育関係者や保護者の共感を呼び、ブランドイメージの浸透へとつながったのです。
(2) 価値提供の場を広げ、人材の力で差別化した
ボーネルンドは、創業以来、「あそび」の価値を社会に伝えるべく、玩具店から教育施設、公園などへと事業を拡大し、価値提供の“場”を広げてきました。
そうした活動と時を同じくして、ここ10年ほどで「非認知能力」や「発達支援」といった概念も社会に浸透しはじめ、かつては独自性のあった価値観が、徐々に常識となりつつあります。
公園や学校などの遊び環境づくりも、キドキドなどの遊び場の運営も、同じような取り組みは他社にも見られ、競合は増加傾向にあります。そうした状況において、ボーネルンドは人材の力で明確な差別化を図っています。
以下、 ① 採用 ② 育成という2つの視点から解説します。
① 採用
一般的な小売業では販売スキルが重視されることが多い中で、ボーネルンドは「子どもの発達」に関わる専門性を重視しているのが特徴です。
実際に採用情報には、保育士資格の保有者が優遇されることが明記されています。
また、求める人物像として「子どもと接することが好き」であるだけでなく、
・子育てを通じた社会貢献への意欲
・保護者の相談に乗る姿勢
・「子どもとあそび」について楽しく追求したいという意欲
といった点も明記されており、単なる販売職とは異なる価値観が求められています。
② 育成
営業力や接客力だけではなく、保育・教育・心理の基礎理解を重視しています。
そのため、他社に比べて育成にかける期間も長く、知識と実践をじっくりと身につける体制が整っています。
なかでも注目すべきは、長期的育成方針を象徴する存在である「プレイリーダー」という専門職の存在です。
プレイリーダーはキドキドで子どもたちと遊ぶスタッフですが、業務範囲はキドキドにとどまらず社内外の大人に子どもとあそぶ時のコツやアイデアを伝える役割を担っています。
このような活動はテレビ東京系『ガイアの夜明け』でも紹介され、保育園の先生に向けたワークショップの様子が放送されました。
プレイリーダーになるためには、年齢別発達理解・保護者支援・実技など幅広い内容で、約170時間以上に及ぶ教育カリキュラムを受ける必要があります。
こうした手厚い研修制度と専門職の存在が、子ども一人ひとりに寄り添う“本物のあそび環境”を支えているのです。
(3) ターゲットを増やした
社会課題を機会と捉え、ターゲットをB to Cのみでなく、B to B to Cも加えたことも、ボーネルンドの成功要因です。
例えば、不登校の子どもたちに対する支援として、学校法人や自治体と連携し、あそびを取り入れたフリースクールの運営に携わっています。
このように、企業や地域、さらには公的機関と連携することで、より多くの子どもたちに「育ちの機会」を届けるB to B to Cの仕組みを築いています。
他にも以下のような取組みを行っています。
近年、企業や自治体では、CSR(企業の社会的責任)や地域活性化の観点から、「子ども」や「あそび」といった社会的にポジティブなテーマへの関心が高まっています。
ボーネルンドの取り組みは、こうしたテーマとの親和性が高く、企業や自治体との協働を通じて効果的なビジネス戦略として機能しています。
実際に、ある自動車販売店ではキッズスペースにボーネルンドの遊具を導入したことで、家族連れの来店が増加し、売上が約1.5倍に伸びた事例もあります。
このように、共感にもとづく連携が広がり、さまざまな形での取り組みが各地で展開されています。
(4) ターゲットに合わせた出店をしている
ボーネルンドは「販売店舗」と「あそび場(キドキドなど)」の出店において、ターゲット層を明確に絞った立地戦略をとっています。
実際、販売店舗は都市圏に集中しており、関東(24店舗)・関西(15店舗)を中心に展開しています。地方では北海道・東北(5店舗)、北陸・甲信越(3店舗)、中国・四国(4店舗)などにも点在しますが、全体としては都心部への出店が目立ちます。
また、出店先は都心部の大型商業施設内であるケースが多く、買い物やレジャーのついでに立ち寄れる利便性の高い立地が選ばれています。こうした出店傾向の背景には、明確なターゲット層の存在があります。
都市部には中高所得者層や共働き家庭が多く、教育や発達に関心を持つ保護者が集まります。そうした層に絞ってアプローチすることで、ブランドの理念と親和性の高い顧客に効率よく届きやすい仕組みになっています。
さらに、体験型店舗を通じて商品の魅力を直接伝えることができるため、ブランドイメージの向上にもつながっているのです。
一方、地方にもボーネルンドのターゲットに合致する顧客は一定数存在します。この層にはオンラインショップを通じて継続的にアプローチを行い、商圏外の需要にも応えています。
業界最大手のトイザらスが、年齢層や価格帯を広くカバーするスタイルをとっており、出店エリアも都心部から地方まで幅広いことと対照的です。
ターゲットの絞り方や立地選定の考え方には両社の方針の違いが表れており、ボーネルンドは特定の層に特化した差別化戦略を貫いています。
これまでの内容を、マーケティングの4P(Product/Price/Place/Promotion)の観点からまとめると以下のようになります。
4. まとめ
最後に、ここまでの内容をまとめます。
ボーネルンドは、
・「あそび」と「学び」を統合し、新たな意味と価値を与えることで、成熟した玩具市場に再び風を吹き込み、
・時代が進んでも、「あそび」のパイオニアであり続け、常に新しい価値を提供し、
・理念に共感する人材の採用・育成を徹底し、適切なビジネスモデルの構築によって、他社との差別化を実現してきました。
ボーネルンドは、理念を具体的な事業や商品に反映させ、それを現場で実行し続け、長年にわたり多くの支持を集めている企業です。
「自社らしさ」をビジネスに活かすヒントとして、本記事が少しでも参考になれば幸いです。
<参考・引用一覧>
- ボーネルンドオフィシャルサイト https://www.bornelund.co.jp/
- 帝国データバンク「全国「周年記念企業」調査(2025年)」https://www.tdb.co.jp/report/economic/20241204-shunen2025/
- トイザらスオフィシャルサイトhttps://www.toysrus.co.jp/ja-jp/
- 日経BP「子どもの『遊び場』を核に、多世代交流やまちづくり事業へ」https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/434148/050900108/?utm
- Digital PR Platform「岐阜県海津市の子育て支援拠点施設を協業開発 親子の遊育施設「海津市こども未来館 ZÜTTo(ずっと)」」
https://digitalpr.jp/r/96493?utm - リセマム 「としまえん内に屋内あそび場「アソブラボー」11月誕生」
https://resemom.jp/article/2018/10/15/47200.html?utm_source=chatgpt.com#google_vignette - 厚生労働省「日本社会の直面する変化や課題と今後の生活保障のあり方」https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12/dl/1-06.pdf
- 日本の公共事業評価「少子化が我が国の社会経済に与える影響に関する調査報告書」https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/097626be-6f2b-41d6-9cc0-71bf9f7d62d5/13cd9c2b/20230401_resources_research_other_shakai-keizai_02.pdf
- キッザニア「非認知能力の醸成に大切なこととは?」https://www.kidzania.jp/group_info/column/non_cognitive_skills.html
- 厚生労働省「共働き等世帯数の年次推移」https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/22/backdata/02-01-01-03.html
- with online – 講談社公式 – | 自分らしく、楽しく「100均の“知育おもちゃ”がコスパ最高! ダイソー、セリア」https://withonline.jp/parenting/T7mUq
- 財経新聞「玩具業界、2期連続増収も好不調企業の二極化が進む 東京商工リサーチ調査」https://zaikei.co.jp/article/20191225/545766.html











