パタゴニアに学ぶ、経営理念浸透の5ステップ

パタゴニアの事例から経営理念の浸透方法を学ぶ記事のアイキャッチ画像。タイトルは『パタゴニアに学ぶ、経営理念浸透の5ステップ』。

経営理念とは、「なぜ自分たちは働くのか」という問いに対する答えであり、組織のアイデンティティそのものです。

しかし、経営理念を組織に浸透させることは容易ではありません。
社員から反発を受けたり、注目されなかったりして、形骸化するケースも多くあります。

そうした中、本ブログで取り上げるパタゴニアは、理念浸透に成功した代表的な企業といえるでしょう。

理念が浸透することで得られるメリットとして、社員の高いエンゲージメントや主体的な意思決定が挙げられますが、パタゴニアはまさにその好例です。

例えば、離職率は5〜7%とアメリカ全体の年間離職率(コロナ後でも17.3%)と比べても非常に低くなっています。
加えて、同社は理念を貫きながらも、ビジネスとしてしっかりと利益を上げています。

以下は、年間売上高の推移を示したグラフです。
非上場企業のため推計値となりますが、2019年以降は年商10億ドル(約1,400億円)以上を維持していることが分かります。

売上推移 statista「The Size of the Company ‘Given Away’ to Save the Planet」より引用

パタゴニアの理念は、地球環境への配慮を中心としており、ビジネスライクとはほど遠いものです。
それでも、世界中に熱烈なファンを獲得しています。

一体、理念とビジネスをどのように両立してきたのでしょうか。
そこには、経営理念浸透の5ステップがありました。

本ブログでは、下図のピースが考える、この経営理念浸透の5ステップに沿って、パタゴニアの経営理念浸透の過程を紹介していきます。

経営理念浸透の5ステップ

【会社概要】

【沿革】

1.明文化

まず大切なのは、理念を明文化することです。
いくら良い理念であっても、社員に伝わらなければ意味がありません。

明文化し共有することで、初めて組織の指針となります。
ただし、会社の規模が小さいうちは、必ずしも明文化していなくても、創業者の思いが社員に伝わる場合があります。

実際、パタゴニアも創業初期には理念の明文化はされていませんでした。
創業者イヴォン・シュイナードの自伝『社員をサーフィンに行かせよう』によると、シュイナードはもともとビジネスに強い関心を持っていたわけではありません。

彼はアウトドアを愛し、鍛冶職人の父の影響もあってか物づくりにこだわりがあり、堅苦しいスーツを着たビジネスマンを縁遠い存在と考えていました。

しかし、自分が本当に大切だと思うアウトドア用品を作り続けるうちに、社会から評価され、規模が大きくなり、会社設立に至ったのでした。

彼の作った製品が高く評価された背景には、シュイナード自身が「三方よし」の精神を理解していたことがあります。

高品質な製品は長く使われるために廃棄が減り、自社・顧客・環境に利益をもたらすと理解していたのです。

また、創業期に彼の周りに集まった社員も、シュイナードと共通する価値観を持つ人物が多く、理念を明文化せずともある程度問題なく組織運営ができていたのです。

さらに、製品という具体物があったことも、理念を社員に伝えるうえでプラスに作用したと考えられます。
しかしながら、本来はできるだけ早い段階で理念を明文化すべきでしょう。

パタゴニアの場合、明文化のきっかけはリストラでした。
1991年、業績悪化に伴い社員を20%解雇せざるを得なくなったことで、シュイナードは改めて自社の存在意義を見つめ直します。

彼は幹部全員をアルゼンチンのパタゴニア地方の山岳地帯に連れて行き、目指すべき方向性について時間をかけてディスカッションしました。
こうして明文化されたのが、以下の理念です。

「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」

2.ストーリー化

理念は、ただ文章として書かれているだけでは力を持ちません。
ストーリー化することで人々に共感され記憶に残ります。

本来抽象的なものである理念を、社員がイメージしやすくなる効果もあります。
特に重要なのは、(1)「創業の原体験」と、(2)「苦難の経験」です。

(1)創業の原体験

原体験が語られることで、理念が単なるきれいごとではなく、創業者の価値観に根ざしたものであることが伝わります。

シュイナードの場合は前身である「シュイナード・イクイップメント」の時代にさかのぼります。

ある日、彼は自社で製造していたクライミング用の器具が岩を傷つけ、自然環境に悪影響を与えていることに気づき、ショックを受けたのでした。

この出来事が、彼が環境問題への関心を抱いたきっかけであり、その後の価値観の根底になっています。

(2)苦難の時

苦難の時に理念がどのように実践されたかを知ることで、社員は本気度を具体的に理解します。

パタゴニアにも数多くの苦難の時期がありましたが、その代表例がオーガニックコットンへの切り替えです。

同社は1996年に、自社のコットン製品をすべてオーガニックコットンへ切り替えるという決断を下しました。

決断の理由は、従来のコットンが年間1億トンを超える温室効果ガスを排出し、収穫前には有害な枯葉剤が散布されるなど、深刻な環境負荷をもたらしていたことです。

しかし、切り替えには数々の困難が伴いました。
ここでは、➀供給、➁製造、➂販売という3つの視点から紹介します。

➀供給

オーガニックコットンを栽培する農家を探す必要があり、カリフォルニア州とテキサス州で数件の農家を見つけて交渉を行いました。

➁製造

紡績工場からは害虫を原因とする粘り気のため難色が示されましたが、タイのパートナー企業による、凍らせて紡ぐという提案により解決されました。

また、有害薬品の使用を避けるため、あらかじめ縮ませてから加工するという工夫も行われました。

➂販売

異例の対応として社外のコンサルタントに調査を依頼しました。
その結果、消費者が最も重視しているのは品質であることが分かり、同社は小幅な値上げにとどめて製品を市場に出しました。

このように多くの困難がある中でも信念を貫き、解決することで、パタゴニアはオーガニックコットンへの切り替えを決行したのでした。

オーガニックコットン パタゴニアオフィシャルサイトより引用

3.内在化

次のステップは理念の内在化です。これはおそらく最も難しい段階といえるでしょう。
なぜなら、多くの社員にとって理念は「自分がつくった理念」ではなく、「他人が定めた理念」にすぎないからです。

では、社員が理念に共感し、自分ごととして捉えられるようにするためには、どうすればよいのでしょうか。
その鍵は2つ、(1)「対話」と(2)「社員の尊重」です。

(1)対話

社員の考えや価値観についてヒアリングし、そのうえで自社の考え方を伝える対話が、社員の納得感につながります。

この姿勢がパタゴニアではあらゆる場面で徹底されています。
ここでは、➀採用、➁研修、➂通常業務という3つの場面を例に紹介します。

➀採用

採用において価値観の一致を最も重視しているのが、パタゴニアの特徴です。
そのため複数回の面接を行い、じっくりと人選を進めます。

また、理念に共感しているだけでは不十分であり、たとえば清掃活動などのボランティア経験のように「理念を実際の行動に移してきたかどうか」にも注目しているのが特徴です。

実際に採用ページを見るとミッションステートメントが前面に打ち出されており、価値観のミスマッチを防ごうとしていることが分かります。

➁研修

先述の自伝などを教材として、社員同士の対話や内省を重視した研修が行われています。

ここで重要視されるのは、理念を「押しつけられるもの」として覚えるのではなく、自分自身の価値観と重ね合わせ、納得して受け入れられるようにすることです。

➂通常業務

オフィスは、物理的な壁や個室をなくした開放的な空間として設計されています。
シュイナード自身も個室を持たず、社員と同じオープンスペースで働いています。
こうした環境によって、日常的に社員同士の対話が促進されているのです。

パタゴニアのオフィス パタゴニアオフィシャルサイトより引用

(2)社員の尊重

もう一つの重要なポイントは社員を尊重することです。
社員を一人の人間として尊重することが、対話の前提条件になります。

相手から人として大切にされていないと感じれば、社員は本心を語ろうとはしないからです。
社員の価値観に配慮した労働条件の整備に、パタゴニアの社員尊重の姿勢は最も現れています。

やはりもともと環境問題への関心が高い社員が多いため、そのような社員が働きやすい環境にしていることが特徴です。
ここでは、代表的な制度を2つ紹介します。

➀フレックスタイム制度

社員に自律を求める代わりに、働き方はかなり自由に設定されています。
良い製品を作ることが目的で、そのための手段は各人が考えればいいという考え方です。

先述した自伝のタイトル、『社員をサーフィンに行かせよう』とは、そのような考え方から生まれた言葉で、サーフィンを社員に強制しているわけではありません。
また、社内に託児所を設けた先駆的な企業としても知られています。

もともとアウトドア好きの社員が多く、会社もその活動を奨励しているため、社員は自社ブランドのウェアを着て自然に触れる機会を積極的に持ちます。

こうした体験がSNSやHPを通じて発信されることで、ユーザーは製品に親近感を抱き、ブランド力の強化につながっているのです。

➁エンバイロ・インターンシップ制度

最大2か月間、給与を受け取りながら環境NGOや市民団体で活動できる制度です。

同社は環境保護団体に多額の寄付を行っていますが、経済的支援だけではなく、自らも行動すべきだという考えのもと、この制度が設けられています。

ただし、活用は強制ではなく、あくまでも会社が社員の意欲を後押しする制度となっています。

4.仕組み化

理念を持続的に浸透させるためには、社内に仕組みとして落とし込むことが必要です。
仕組み化のポイントは次の3つです。

(1)理念を伝える人を育てる
(2)評価制度に組み込む
(3)事例を共有する

(1)理念を伝える人を育てる

理念は抽象的な性質を持つため、社員のバックグラウンド(人種や国籍など)によって解釈の仕方が大きく異なることがあります。

そのため、理念を深く理解し、信念を持って実践する社員が必要です。
例えるならキリスト教における伝道師の役割になります。

パタゴニアの場合、特定の人材にその役割を委ねず、社員一人ひとりが理念を判断基準として業務に取り組む点が特徴です。

背景には、同社の理念が「環境への影響」という明快な基準に落とし込まれていることがあります。

そのため社員は、判断に迷う場面でも共通の価値観に基づいて一貫した選択を行うことができ、結果として全社的にブレのない行動が実現されているのです。

社員自らが環境活動を企画・実行することも日常的で、このような一人ひとりの働きぶりが、互いに理念を伝える存在としての役割を果たすことにつながっています。

(2)評価制度に組み込む

理念に基づいた行動を評価制度に反映させることで、理念が日常の行動基準として定着します。

製品開発、マーケティング、調達、製造、財務、環境分析などの部署がパタゴニアにはありますが、それぞれのマネジメントのポイントに、理念が反映されています。
以下、図で説明します。

このように、日々の業務が、理念に基づいて設計されています。
環境問題への影響に専門的に取り組む環境・社会部門もパタゴニアには存在します。

しかし同社のユニークな点は、環境保護活動を特定の部署に丸投げするのではなく、上図のように全ての部署が同じ目的意識を持って活動しているところにあるといえるでしょう。

このことからも、「(1)理念を伝える人を育てる」、で述べたように、社員一人ひとりが理念を伝える役割を担っていることがうかがえます。

さらに注目すべきは、このように環境配慮を評価基準に組み込むという姿勢が、他社にも広がり始めている点です。

アパレル業界は環境負荷が高い産業とされています。
衣服の製造には多大な資源が必要です。

例えば、世界の繊維産業(綿花を含む)では、年間約930億立方メートルもの水が使用され、温室効果ガスの排出量は12億トンCO₂に相当するとされています。

こうした背景の中で、環境負荷の少ない素材を採用し、生産工程を見直すことで製造段階から環境への影響を抑える取り組みをパタゴニアは進めてきました。

また製品は「長く使う。壊れたら修理する」という思想のもと、修理を前提とした設計がなされています。

このような取り組みは業界全体に波及し、例えばユニクロなどの大手ブランドでも、店舗内へのリサイクルBOXを設置や、サステナビリティに関する行動の人事評価への反映などが行われています。

店舗内に設置されているリサイクルBOX(Worn Wear)
パタゴニアゲートシティ大崎店オフィシャルインスタグラムより引用

(3)事例を共有する

創業時のストーリーに加え、今まさに現場で生まれている「新しいストーリー」を共有することができれば、新鮮さを持って理念への理解、共感を深めることができます。

➀社員の発信

「(1)理念を伝える人を育てる」、でも少し触れましたが、日常的に活発な事例共有が社内外に向けて行われています。
HPやインスタグラムを見ると、社員による日々の活動や業務が紹介されています。

HPでは、トップページを開くとまず目に入るのがこうした発信で、一般的なアパレルブランドの印象とは一線を画しています。

そこでは、現在行われている環境保護活動や、環境に配慮した製品開発の過程などが紹介されています。

➁寄付先の団体からの発信

1990年代初頭から「1% for the Planet」という取り組みを行い、売上の1%を環境保護団体に寄付しています。

この取り組みにより支援を受けた団体がさまざまな活動を行い、その成果を発信することで、社員は自分たちの支援によって理念が実践されている様子を日常的に目にすることができます。

➂ユーザーからの発信

さらに、アパレルブランドならではの特徴として、ユーザー自身もブランド価値を共に作り上げており、結果として発信者の役割も担っています。

ファンの多くは、製品そのものだけでなく、その背景にある理念に共感して購買に至っているのです。

かつては「良い商品を安く大量に売ること」が正解とされてきましたが、ユーザーの価値観は変化してきました。

パタゴニアは、「Worn Wear(新品よりもずっといい)」というキャッチコピーのもと、衣類を修理しながら長く使うことを推奨しています。

これは購入者にとって、単に環境配慮の行動であるだけでなく、新たな付加価値を感じる体験にもつながっています。

つまり、従来の「新品は中古より優れている」という価値観から、「消費するよりも、良いものを所有し続けることの方が魅力的である」という意識へと、購買者の枠組みを変えたともいえるでしょう。

環境に配慮するという理念は、ファッションを楽しむことと矛盾するものではありません。
こうした購入者による発信も、事例共有の一つといえるでしょう。

Worn Wearツアー 参加者は修理が必要になった衣類を持ち寄る 
パタゴニアオフィシャルサイトより引用

5.進化

最後に、理念は固定的なものではなく、時代や状況に応じて進化させる必要があります。
理念は会社のアイデンティティそのものですから、根本的に変えるべきではありません。

しかし、社会や環境の変化に合わせて理念の表現方法や実践の方法を見直すことは、有効である場合があります。
ここでは、(1)理念の改定、(2)新規事業への参入、(3)株式の譲渡ついて紹介します。

(1)理念改定

パタゴニアは2018年に理念を改定しています。
新たな理念は、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。

この改定にはいくつかの背景があります。

まず、地球環境の悪化が深刻さを増す中で、より積極的な姿勢が求められたことです。
また、シュイナード自身の内省や、社員からの意見も影響しました。
さらに、当時のトランプ政権との対立もきっかけになっています。

この理念改定は、理念のHOWからWHYへの変化とも言われます。

これまでの理念、
「最高の商品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」
は、理念をどのように実践するかを示すHOW的な内容でした。

一方、改定後の理念では、会社の存在目的に絞った表現となっています。

筆者も実際に店舗に伺いましたが、店内には理念を伝える数多くの展示があり、ブランドの想いが来店者に伝わる工夫がされていました。

パタゴニア福岡店 パタゴニアオフィシャルサイトより引用

(2)新規事業への参入

近年、アパレルの枠を超え、「パタゴニア・プロビジョンズ」を設立し、食品分野にも進出しました。

これは、農業や漁業に取り組むことが地球環境の改善に大きく寄与し、ひいてはこれまでの人類の誤った発展のあり方を正す希望につながるとする、シュイナードの壮大な考えに基づくものです。

アパレル企業である同社が食品業界に参入したことには賛否両論がありました。
しかし、シュイナードのキャリアはアウトドア用品の製造からスタートしており、他分野への進出ははじめてのことではありませんでした。

あくまでも理念を軸に、あらゆる領域に積極的に挑戦するという姿勢は一貫しているといえます。

実際に店舗ではビールや味噌といった食品も販売されており、アパレルブランドでありながらライフスタイル全体を提案している点に魅力を感じました。

パタゴニアプロビジョンズ オーガニック味噌 パタゴニアオフィシャルサイトより引用

(3)株式の譲渡

利益の最大化を目指す資本主義そのものにも、パタゴニアのあり方は疑問を投げかけています。
2022年、シュイナードは全株式を環境保護活動団体に譲渡しました。

「株主は地球」というメッセージのもと、企業の存在意義を問い直す大胆な決断を世界に示したのです。

企業の成長を追求する以前に、地球環境の保全がないとビジネスが持続できないという考えが、決断の背景にあります。

このような姿勢は賛否ありますが、「企業とは何のために存在するのか?」という問いに対して、重要な示唆を与えていることは間違いありません。
今後の企業のありかたを考えるうえで、注目すべき事例といえるでしょう。

まとめ

ここまで、パタゴニアの事例をもとに経営理念を社内に浸透させるプロセスを見てきました。
まとめると以下の図のようになります。

具体的な施策は会社によって異なりますが、基本的なステップは普遍的といえるでしょう。

シュイナードの誠実で魅力的なビジョンを軸に、パタゴニアは従業員やユーザーに価値を提供し続けてきました。

その背景には、理念浸透の好循環があったことはすでに述べたとおりです。
本ブログが、経営理念の浸透に向けた具体的施策や重点項目を検討する際の一助となれば幸いです。