プレゼンに限らず、コミュニケーションの基本は相手を良く知ることです。
AT&Tでプレゼンの研究担当だったケン・ハーマーの言葉が本質を突いています。
聞き手を念頭に置かずにプレゼンテーションの設計をすることは、
「関係各位」に宛ててラブレターを書くに等しい
AT&T ケン・ハーマー
では相手について知っておいたほうが良い情報とは、どのような情報でしょうか。
1.相手のコミュニティを知る
私たちは、所属するコミュニティの影響を受けています。例えば、学生時代を通じて集団スポーツをやっていた人が、協調性や規律を重んじる傾向があるといった具合です。
影響を受けるコミュニティは、人それぞれ違いますが、代表的なコミュニティは以下のようなものでしょうか。
コミュニティの種類
- 職場
- 家庭
- 学校
- 地域
- その他
プレゼン相手のコミュニティを知ることが、ビジネスでどう役に立つのか。一つ事例をご紹介します。
プレゼンテーション能力が試される代表的な場面として営業があると思います。コンサルティング会社に勤務していた時代に、あるオーナー経営者に営業をした時の事です。
その企業は地方にある優良企業で、工場で使うロボットを製造する仕事をしており、社員は約100名です。
非常に厳しい経営者で、私が発する言葉のひとつひとつに対して、論理的矛盾をついてくるような方でした。初めてお会いした方ですので、相手に関する情報もあまりなく、面談開始から30分ぐらいは厳しい時間帯が続きます。
犬もほろろと言う感じの営業になってしまい、困り果てた私はプレゼンを前に進めるための手がかりを必死に探すことになります。ただ、私には1つだけ引っかかることがありました。それはその経営者が横文字の経営用語を連発していたことです。
オーナー経営者は、自分の言葉や会社特有の言い回しを大切にしており、あまりトレンドに振り回されないタイプが多いです。また理路整然としているというよりは、直感的な考え方や表現をされる方が多いのも特徴です。ましてや地方企業。
その割には、横文字が多くやたら理路整然とした話し方をされる方だなという印象でした。
「よくわかったねー。実は以前トヨタで課長をやってたんだ。」
「そうなんですか。やっぱり天下のトヨタともなれば、課長さんでも部下がたくさんいらっしゃるのですか。」
「そうだねー100人ぐらいを任せてもらっていたよ。」
「100人もいるんですか。ちょうど今の御社の規模と同じ位ですね。同じ製造業でしかも経営力があるトヨタにいらっしゃったのであれば、マネジメントはお手の物なんじゃないですか?」
「いやー。それがそうでもないんだよ。トヨタで学んだことを自社の社員に一生懸命教えようとするんだけど、なかなかうまくいかなくてね。」
「トヨタで働いているときには気づかなかったけれども、トヨタの企業文化、考え方は先人たちが本当によく頑張って築いてくれたもんなんだなぁとしみじみ感じるよ。経営者の考え方を浸透させるのって、難しいよね。」
「そうだったんですね。ところで社員に考え方を伝えようとされているということでしたが、特にどのような考え方を伝えていって、どのような企業文化を築きたいと考えておられるのですか。」
「それはね…。」
ここまでくれば契約は半分決まったようなものです。ありがたいことにご契約いただき、企業文化を構築するために、若手社員を中心とした社史編纂プロジェクトが立ち上がりました。
実際には社史の内容は重要ではなく、社史編纂を通じて若手社員が過去の先人たちが築いてきた考え方を学ぶことによって企業文化構築の土台作りをするということが目的です。
プレゼンの相手が、過去に所属していたコミュニティに関する質問をすることで、うまく結果につながったという事例です。相手を知ることができれば、プレゼンの質があまり問題にならないことが、結構な頻度で起こります。
2.相手の人格を知る
プレゼン相手について、より直接的な情報を得るのも有効です。特に、相手の人格を知ることは、プレゼンの有効な手がかりになってきます。
人格、人格を推しはかる材料となる情報
- 言動
- 考え方
- 立場・役割
- 価値観・性格
- 体験
先程のオーナー経営者に対する営業場面では、コミュニティに関する質問がきっかけとなり、人格に関する話につながっていきました。
先の事例では自然と会話が弾み、相手の人格を知ることができましたが、ストレートに質問してもうまくいかないことがあるので多少工夫が必要です。
あなたの価値観を教えてください。
あなたの性格を教えてください。
かなり不自然です。こういった質問をするわけにはいかないので、先程のコミュニティに関する質問や、比較的質問しやすい過去の体験や最近の言動についてそれとなく把握するようにしていくと良いでしょう。
3.相手に強い影響を与えている事実を知る
コミュニティーや人格に関する情報は非常に多岐に渡るため、プレゼン相手の情報に関して全てを網羅することは容易ではありません。したがって、ある程度仮説を持った上で情報把握に臨むことが必要になってきます。
プレゼン相手の人格に強い影響を与える事柄を事前に推測しておくということです。
例えば、優秀なビジネスパーソンと仕事をするときには、お勧めの書籍を質問すると良いでしょう。
優秀なビジネスパーソンであればあるほど仕事は忙しく、解決しなければいけない課題を沢山持っています。時間が限られている。ではどうするか。いろいろな人間の知恵を疑似体験できる読書に、課題解決のヒントを求めることになるのです。
好きな著者や本のジャンルを知ることによって、相手の人格を推し量ることが可能になります。
1つ事例を。
ある企業様で、理念浸透研修をやることになったときのことです。事務方レベルでは、研修日程、プログラム、参加人数など研修の概要はスムーズに決まっていきました。
最後に経営者が、講師と直接会って話をしたいということで、面談が設定されました。研修の内容は既に決まっているため、ある意味では講師の人格がテストされるというプレゼンの場面です。
この場面では、パワーポイントで作成した資料や、小手先のノウハウを披露することを求められているのではありません。「困ったなぁと。」ここは定番のオススメ書籍で攻めてみるかと考えて面談に臨みました。
創業400年の老舗企業の経営者というだけあって、非常にたくさんの本を読んでおられたため、少し気後れする部分もありましたが、運良く共通の著者に行き当たります。
ローマ人の物語(塩野七生著)。
お互いにローマ人の物語は大好きな書籍であったため、面談の雰囲気は一気に明るくなり会話がはずんで行きます。こうなればしめたものです。何か改まってプレゼンをする必要はなく、お互いに好きな本について話し合うだけで物事が前に進む。
歴史小説は、塩野七海派なのか。司馬遼太郎派なのか。
経営書はドラッガーが好きなのか、コッターは読むのか。
ハウツー本は読むのか、自伝はどうか。
人によって、影響を受ける事柄は様々ですから、質問を絞り込むことは難しいですが、経験則的には以下のような事柄を把握するようにしています。
取引相手について知っておきたい情報
- 上司、部下に関する情報
- 立場・役割に関する情報
- 経営理念・経営方針に関する情報
- 業務・職種に関する情報
- 好きな書籍
- 尊敬する人物
- 学生時代に熱中したもの
- 地域に関する様々な活動
4.情報収集の構造
情報収集の構造について整理します。これまでにご紹介してきた視点に、時間軸(過去・現在・未来)を追加して、3つの視点の掛け合わせで考えると、網羅的に情報を整理することができるでしょう。
(学校)×(過去)×(体験)=学生時代に熱中したもの
(会社)×(未来)×(考え方)=経営方針
(会社)×(現在)×(立場・役割)=今の役職やミッション
仕事に熱心の方であれば、コミュニティは会社を中心に考えると良いでしょう。
チャレンジ精神が強い方であれば、時間軸は未来を中心に据えると良いでしょう。
多少考えないといけないので、大変かもしれませんが、この情報収集に関する構造は、採用面接や評価面談など社員向けにも活用できます。
(学校)×(過去)×(立場)=学生時代のリーダー経験
(会社)×(未来)×(価値観)=将来の目標、描いているキャリア
5.共有すること自体がプレゼンの結果につながる
プレゼンをテーマにしているにも関わらず、主にヒヤリングの項目について書いてきました。それは、相手を知ることがプレゼンのパフォーマンスを飛躍的に向上すると確信しているからです。
プレゼン相手と重要な情報が共有できれば、プレゼンのゴールは半分達成したも同然なのです。
賢者は聞き、愚者は語る。 -古代の王様 ソロモン
最後までお読み頂き、ありがとうございました。機会を改めて、Whom(誰にプレゼンするのか)以外の7W2H1Gについても書いていきたいと思います。