オムロンの企業理念とは~理念経営は何をもたらすか~

オムロンの理念経営とは~理念経営は何をもたらすか~

「徒手空拳で企業を興し、技術において世界的なリーダーになっただけでなく、その才能、人間性、博識、そしてビジョンにおいて優れていた」

これは、現代経営学者ピーター・ドラッカー氏がオムロン創業者である立石一真氏を称した言葉だ。

その確かな理念は、今のオムロンにも強く根付いている。2023年に実施した従業員エンゲージメントサーベイでは、企業理念の浸透に関する社員評価は90%を超えた(日本経済新聞「立石文雄氏談」)。

企業理念浸透を図る代表的な実践例としてTOGAがある。

TOGAは、”The OMRON Global Awards”の略で、オムロンの企業理念をどのように実践したかを発表する大会の名称である。

大会が始まった2012年当初は本社主導のイベントに過ぎなかったが、年々共感の輪が広がり、社内外を問わずオムロンの理念に賛同する人が増えていった。

2023年9月に開催された第11回大会では、社員数28,034人をはるかに上回る50,071人がエントリーした。

オムロン理念大会TOGAエントリー数

オムロンHP」参照

この大会の特徴として、評価ポイントが企業理念の実践度合いであることが挙げられる。売上や成果に繋がらないテーマでも表彰されうる。

このTOGAに限らず、長期ビジョンを策定した「SF2030」を始め、オムロンには理念を大事にする風土がある。

なぜここまでして理念にこだわるのか。以下オムロンの歴史を紐解き、どのように理念が生まれたのか、オムロンの理念経営は何を生み出したのか解説する。

1.会社概要と沿革

会社概要

商号:オムロン株式会社
創業年月日:1933年5月創業
本社所在地:京都市下京区塩小路通堀川東入
代表:辻永順太
資本金:641億円
従業員数:28,034名(国内:9,988名 海外:18,046名)
事業内容:制御機器、ヘルスケア、社会システム、電子部品、データソリューション

※2023年3月現在

沿革

1933年   立石一真氏が「立石電機製作所」創業
1948年5月 「立石電機株式会社」設立
1959年1月 本社所在地の御室(おむろ)に因んで商標を「OMRON」に
1990年1月 社名を「オムロン株式会社」に変更

2.理念が作られた背景

オムロンの理念は、「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」である。

この理念の誕生は、1953年、立石一真氏が米国中小電機工場視察団の一員としてアメリカ視察に行った時に遡る。

視察の目的は、デトロイトでのフォード工場の見学だった。当時最先端のオートメーション技術を目の当たりにした立石一真氏は、これからはオートメーションの時代になると確信した。

それと同時に、アメリカ人の高らかな公共精神やボランティア精神、そのたくましい活力に驚愕した。

アメリカは人種のサラダと言われるほどの多民族国家だ。ルーツも考え方も違う人たちが、自由を標榜しつつもなぜ同じ方向を向いているのだろうか。立石氏は不思議に感じた。

立石氏が疑問をぶつけたところ、そのアメリカ人は「みんなパイオニア精神がある」と答えた。そして、「星条旗はそれを具現化している」と胸を張った。星条旗の星の数はアメリカの州の数である。この星一つ一つが開拓者である証なのだ。

アメリカ人にはバックボーンとそれを具現化する旗がある。だから、みんな同じ方向を向いている。そう感じた立石氏は、帰国すると自社のバックボーンは何であるか模索し始めた。

立石電機製作所の始まりはレントゲン撮影用タイマーの開発だった。レントゲン装置を販売している友人から、「ゼンマイ式のタイマーでは正確な撮影ができない」と言われたことがきっかけとなった。

立石氏が開発したタイマーは20分の1秒単位で正確に時間を測れる、当時では画期的な商品だった。瞬く間に注文が殺到し、立石電機製作所の礎となった。鮮明なレントゲン撮影が可能となり、医療業界へ多大な貢献をした。

誰かのニーズを汲み取り、それが波及して社会を良くする。この成功体験が礎にあるのだろう。立石氏は、企業を社会のサブシステムの一つとして捉えた。1956年、経済同友会に参画したのちは、その考えに確信を持つようになった。

企業を社会のサブシステムの一つと捉えるということは、企業は公器であるという考えに等しかった。

事業が社会に受け入れられれば利潤が生まれ、利潤が生まれれば社会貢献に繋がる、社会貢献ができれば事業がより社会に受け入れられやすくなる。逆に社会に貢献しないような事業は短期的に利潤が上がっても長続きしないことを知っていた。

そして、1959年、立石一真氏は、この考えを社憲にしようと思い、「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」という理念を誕生させたのである。

なお、立石一真氏に次の言葉がある。これがこの理念の礎になっていると感じる。

「働く者の誇りと感謝の念をもって生活し、この勤労によって得た生活の喜びを不幸な人々にも勤労によって得た生活の喜びを不幸な人々にも分かち与えて、一人も不幸な人のいない社会を作り上げてこそ、はじめて本当に幸福で平和な生活を口授する喜びと幸せに浸りうる。」

3.オムロンの理念への取組みの特徴

オムロンの理念への取組みには、いくつかの大きな特徴がある。その特徴である理念に対する強い考え方、SINIC理論という羅針盤、理念をナラティブ化する取り組みについて以下説明する。

理念に対する考え方

創業者の立石一真氏は、一早く企業理念の重要性を認識していた。それはこんな言葉にも表れている。

「世界は軍事競争の時代から経済競争の時代になった。これからは哲学の競争になっていくだろう。決してアメリカの真似をするのではなく、時代を先駆けた独自の哲学を作っていく。よりよい哲学を早く作った企業が勝者に時代が来るだろう」

これからは企業の存在そのものが問われてくること、企業の持つ哲学に賛同すれば人材も集まり、社会もその企業の存在を必要とする循環を説いた。そして、そのためには理念が必要であると考えた。

つまり、理念なき企業は存続し得ないとまで考えていたのである。

アポロ計画による「ムーンショット」は、明確でかつインパクトのあるビジョンを提示したことで、優秀な賛同者を募ることに成功した。これは1961年の話しである。

先見の明があると言えばそれまでだが、この時代から論理的に理念経営の重要性を理解して実践していたのは驚くべきことだと言える。

理念を考える基盤~SINIC理論~

オムロンが一貫した理念を構築できる基盤として、SINIC理論がある。以下がその図だ。

オムロンSINIC理論

これは、1970年に立石一真氏が発表した未来予測図である。過去から現在までの社会構造を分析し、未来の社会構造を予測したものだ。内容は非常に緻密なものになっている。

20世紀末から21世紀初めにかけては情報化社会が到来することを既に予測していた。パソコンもインターネットもない時代だ。ドラえもんがアニメ化されたのが1973年であるから、驚嘆に値する。

なお、SINIC理論では2024年現在を最適化社会であると予測している。最適化社会とは、情報化社会から自律社会への橋渡しのような時期であり、物質的な豊かさから自己実現や生きる喜びなどの精神的な豊かさを重視する社会になると予測した。

これもまた、現代の社会構造をピタリと当てている。

この現代にも通用し得る羅針盤があるからこそ、オムロンは方向性を見失わず、一貫した理念を構築できる。

理念のナラティブ化

理念は構築しただけでは組織に浸透しない。浸透させる方法の一つとして、ナラティブ化するという方法がある。

ナラティブ化とは、自分事として理解してもらうために物語化する過程をいう。

具体的には、以下の方法がある。

①The KURUMAZA・VOICE

The KURUMAZAとは、社長が直接事業所などの現場に行き、男女10~15人ほどの車座になってコミュニケーションを図る施策だ。開始当初はビールを吞みながら開催された。

このような場を設けることで、社長が直接現場の声を拾い、相互のコミュニケーションを取った。社員一人一人と向き合うことで、理念浸透の素地を作った。

また、VOICEという従業員エンゲージメントサーベイを実施し、その声一つ一つに眼を通している。

一方的なコミュニケーションでは相手は理解できない。相手に自分事として理解してもらうためには、相手を知らなければならない。丁寧に相互理解を深めることで、理念浸透しやすい関係性を構築している。

②立石一真創業記念館・コミュニケーションプラザ

会社の理念を浸透させるツールとして記念館や歴史館がある。創業者の企業に対する想いや理念をストーリー化して視覚的に把握できるため、理念を自分事に落とし込みやすくする良いツールである。

オムロンは、そのような施設として、立石一真創業記念館とコミュニケーションプラザを京都に建設した。どちらも創業者の想いや、なぜその理念をつくったのか、創業からの歴史をストーリー調に作っている。

どちらの施設もVR技術によってオンラインにてバーチャルで見学することが可能だ。私も視聴させていただいたが、部外者の私でも、わずかな時間で楽しみながら創業者の想いを感じることができた。

理念浸透を図る非常に良いツールだと感じた。

③TOGA(The OMRON Global Award)の実施

冒頭で触れた「TOGA」がスタートするきっかけとなったのは、インドネシアの生産拠点で社長を務めるサントソ氏が、国内の特例子会社であるオムロン太陽株式会社の現場を見て、障がいのある社員が生き生きと働く姿を目の当たりにしたことだった。

彼は「オムロン太陽のように、すべての人々が輝ける職場をインドネシアにもつくりたい」と、自社工場のみならず、周辺地域の工場やインドネシア政府をも巻き込んで、障がい者雇用の促進を行った。

そして、2012年、この取り組みは企業理念を実践した素晴らしい事例として「特別チャレンジ賞」を受賞した。

当時の社長だった山田義仁氏は、「オムロンには彼のように企業理念を実践した事例がほかにもたくさんあるはずだ。現在、そして未来に向けて皆が取り組んでいる企業理念実践の物語を掘り起こしたい。そして、その取り組みを皆と共有し、応援し、称賛したい」と考え、このTOGAを着想した。

2013年から始まったTOGAは、2023年大会では社員数を上回る人が参加した。

正に、企業理念である「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」を自分事として捉えているかを発表する試みになっている。

今後もTOGAは企業理念の浸透に大きく寄与していくことになるだろう。

4.理念経営がもたらしたもの

TOGAの効果

早稲田大学大学院経営管理研究科の教授である菅野寛氏は、TOGAが実際に企業価値の向上のどれだけ寄与したか調査を行った。TOGAをROIという視点で分析したのである。

すると、直近2年間のTOGAが業績にインパクトを与えた推計が17.5億円であったのに対し、実際にかかった費用は10.8億円であることから、十分に費用対効果が出ているという結論に至った。

会社が目指す”よりよい社会”と自身の仕事がどのように結びついているかを考えることで人財育成に繋がる、多様な知識や経験を持ったメンバーが同じ方向性を向いて取り組みを行うことで、イノベーション創出の増加にも貢献しているとのことだ。

企業理念の実践と業績の相関性はなかなか説明しづらい。この点、その効果が実証できたことは非常に興味深い。

高いエンゲージメント

オムロンでは、2016年からSEIと言われる従業員エンゲージメントサーベイを実施している。90%を上回る回答率を得るなか、エンゲージメント率が常に70%を超えている状態だ。

オムロンの従業員エンゲージメント率

オムロンHP」参照

この高いエンゲージメントは以下の2つの効果をもたらしている。

①低い離職率

2023年四季報によると、オムロンの新入社員の入社3年間の離職率は15.6%である。平均の離職率が30%と言われているところ、低い離職率を維持している(東洋経済新報社編「就職四季報総合版」2023,P.334)。

②ROICへの好影響

オムロンでは、非財務指標がどのように業績に影響するか研究を行っており、エンゲージメントとROICの数値に相関性が見られたことを確認した(「オムロン統合レポート2023 」P.99-100)。

そこで、オムロンでは、エンゲージメント率は業績に影響するという考えから、エンゲージメント率を評価の対象としている。

具体的には、業績連動賞与の一つの要素としてエンゲージメント率を設定し、成果に連動するかたちで評価を行っている。

オムロンの報酬制度(エンゲージメントと報酬の連動)

オムロンHP」参照

近年、このオムロンのようにエンゲージメントを報酬に連動させる仕組みを導入する会社が増えている。日本の主要企業の2023年の導入数は前年の2倍に膨らんだ。

エンゲージメントと報酬の連動(紐づけ)事例

役員報酬「真の働きがいと連動」2倍.日本経済新聞.2024-3-24.参照

オムロンでは、このサステナビリティ評価を2017年に導入し、2021年にエンゲージメントサーベイを指標として組み入れた。エンゲージメントと業績の相関性を実証し、一早く制度に落とし込んでいる点で、オムロンの先見性がうかがわれる。

理念から開発へ

理念を重んじる姿勢は、オムロンの商品開発にも表れている。オムロンの社員は、社会課題を解決するという理念を実践するために、新聞を読むことを欠かさないのだという。

2012年12月、笹子トンネルの崩落事故が起きた。この事故をきっかけにインフラに対する安全性が問題視された。特に橋梁の多くは高度経済成長期に建設され、50年が経過する2010年以降に同様に崩落する危険性があるのだという。

日本の橋梁は架設年月日が不明なものや場所が山奥や遠隔地にあるなど点検自体のハードルが存在した。新聞を読んだオムロンの社員は、この課題を自社の技術で補うことができないか考えた。

そのわずか半年後の2013年6月、オムロンは東京工業大学と共同研究講座を開設した。自社の持つセンシング技術と無線ネットワーク技術を活かしてこの社会課題を解決できないかを模索したのだ。

翌年オムロンは電源敷設が不要でかつ長期間に渡って橋梁の損傷やひずみを検証できる装置を開発した。2014年から2018年の間実証実験が為され、常設型モニタリングシステムの開発に成功した。

なお、この時開発されたピエゾ式歪みセンサは、熊本地震による九州自動車道の早期応急復旧に大いに貢献したとされ、NEXCOエンジ九州から感謝状を受領されている。

事故発生からわずか半年で共同研究を行い、その翌年には実証実験を行ったスピード感は凄まじい。「社会をよりよくする」という理念を重んじているからこそ、新聞から社会課題を発見することを怠らず、即座に開発へと繋げているのだと感じた。

5.まとめ

・先見の明のある創業者が企業理念の羅針盤を作っている。
・理念のナラティブ化があらゆる方法で図られている。
・企業理念の実践、エンゲージメントと業績の相関関係を示し、理念浸透の効果を実証している。また、企業理念が開発研究に活かされている。

参考一覧

  • 「オムロン株式会社 統合レポート2023 2023年3月期決算説明資料」
  • 「オムロン株式会社 統合レポート2022 2022年3月期決算説明資料」
  • 立石義雄(1997).「明日の経営 明日の事業」株式会社PHP研究所
  • 立石義雄(2005).「未来から選ばれる企業」株式会社PHP研究所
  • 佐宗邦威(2023).「理念経営2.0」ダイヤモンド社