キーエンスから学ぶ人事制度・仕組みの作り方

キーエンスから学ぶ人事制度・仕組みの作り方

入社後は「20代で1000万円超え、30代で家が建ち、40代で墓が建つ」と噂の会社がある。それはキーエンスだ。平均給与や営業利益率が非常に高く、時価総額も日本トップ5に入る企業である。

キーエンスが大きな成長を遂げることができたのは、やるべきことを仕組み化し、やりきるということを続けてきたことが大きな要因と考える。

この記事では、キーエンスのような発展を遂げるために中小企業でも取り入れることができる取り組みや考え方を紹介していきたい。

1.会社概要

キーエンスは滝崎武光氏が1974年にリード電機株式会社として設立したFA(ファクトリー・オートメーション)用センサを中心に測定器や画像処理機器の企画・設計・開発・生産を行っている企業である。

主なクライアントは製造業になるが、ものづくりを行う企業であれば業界や規模、場所は問わない。現在の取引先企業は全世界で30万社あり、弊社のクライアントである金属加工業を営む会社もキーエンスと取引がある。

冒頭でも記したが、営業利益率や平均年収などキーエンスのすごさがわかる数字を紹介する。

キーエンスが誇る数字

営業利益率

2023年3月期の売上高は9,224億円であった。10年前と比較すると4倍を超える数値となっており、営業利益としても過去最高の4,989億円となっている。

株式会社キーエンス HP参照

営業利益率は、50%を超えており、同業他社であるファナックは22.4%、製造業平均では4.5%となっており、驚異的な数値であることがわかる。

キーエンス 営業利益率

各社2023年3月期 有価証券報告書参照

※法人企業統計調査(令和4年度)

自己資本比率

一般的に高ければ高いほど経営が安定していると言われる自己資本比率は、90%を超えており、借入金はゼロ。こちらも同業他社や製造業平均と比較しても高数値であることがわかる。

キーエンス 自己資本比率

各社2023年3月期 有価証券報告書参照

※法人企業統計調査(令和3年度)

平均年収

2023年3月期による平均年収は2,279万円となっている。これは製造業のみならず、平均年収が高いとされる三菱商事(平均年収1,939万円)や伊藤忠商事(同1,730万円)などの大手総合商社と比較しても優に超える数字となっている。

キーエンス 平均年収

各年有価証券報告書参照

詳細は後述するが、キーエンスは営業利益の一定割合を業績賞与として社員へ支給している。そのため業績と年収が比例し、社員の年収も高くなっている。

時価総額

日本取引所グループが発表している2023年12月末時点での時価総額では、トヨタ自動車(42.2兆円)、ソニーグループ(16.9兆円)に次ぐ3位(15.1兆円)となっている。

日本取引所グループ 統計情報参照

従業員数で比較してみても、トヨタ自動車375,235人、ソニーグループ113,000人、キーエンス10,580人(各社連結人数、2023年3月時点)となっており、少数精鋭で高い時価総額を実現している。

2.キーエンスの考え方と仕組み

キーエンスが事業を運営していく上で重視している考え方や考えを実行するための人事制度を中心とした仕組みを紹介する。

考え方

(1)「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」

付加価値とは、売上と原価の差分である。原材料に価値を付加し、販売価格まで高めるので付加価値と呼ぶ。つまり、事業活動により生み出された新しい価値のことだ。

キーエンスは、付加価値を最大化することこそが社会への貢献としている。

(2)「本質的に考えて、判断する」

「その仕事は何のために行っているのか」「その仕事はどんな“価値”を生み出すのか」という目的を強く意識している。上司や先輩から日常的に「その目的は?」と問われ続ける。
営業社員であれば、「今日どこへ何のために行くのか、そのために何をするのが一番良いのか」を考えるのである。

この目的意識が、「目的に照らしてこのやり方が本当に適切か、今やっている行動が目的に沿うものか」という問題意識につながり、既存のやり方や常識的な考えにとらわれない発想を生み出している。

(3)「任せることで、人は育つ」

若手の段階から責任のある仕事・役割を経験させている。業務を任せながらも、サポートする仕組みを整えている。若手は、周囲の協力や会社の仕組みを活用しながら、早い段階から責任ある仕事を任され、自身の成長につなげていける。

人事制度

(1)業績賞与

キーエンスには業績賞与として、営業利益の一定割合を全社員に還元する制度がある。業績賞与は年4回支給しており、会社の業績をリアルタイムで感じやすくなるという意図がある。

営業利益と連動した業績賞与を支給することにより、社員一人ひとりが個人の成果ではなく、会社全体の業績を考えるようになり、経営参画意識を植え付けることができるのだ。

(2)時間チャージ

時間チャージとは、社員1人が1時間あたりどれくらいの付加価値を生み出すべきなのかを数値化したものだ。この時間チャージを用いて、時間に対する意識を高めている。

社外に支払う費用だけではなく、労働時間を重要なコストと考えている。「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」を実現するために、無駄な時間を過ごさせないよう、新入社員の頃から意識付けを行う。

社内プロジェクトであっても、時間チャージを計算し、無駄なメンバーや打ち合わせを減らすことで、費用対効果の検証にもつなげている。

時間チャージよりも高い付加価値を生み出すことによって、会社の業績が良くなり、最終的に社員へ還元されることが、社員の中で浸透しているため、時間チャージの意識が根付く。

(3)他事業部商品紹介制度

キーエンスは9つの事業部に分かれている。営業社員は担当を地区で分けられ、所属事業部の商品を販売する「テリトリー制」を導入している。つまり、同じ地区を担当する営業がキーエンス内で9人存在する。

事業部に分かれていると縦割り意識が強くなることもあるが、キーエンスでは異なる。ある事業部の営業社員が、自分の担当商品では解決できない場合でも、他事業部で解決できる課題であれば、該当事業部の社員に紹介する。

そして紹介案件が成約につながった場合は、評価につながり、金一封をもらえるという話もある。顧客にとっては、キーエンスの社員であればだれと話しても課題解決に導いてくれるのだ。

自分の売上につながらない場合でも、会社の利益につながれば業績賞与として還元される。そのため、紹介する手間を惜しませないような仕組みを作り、キーエンス全社で顧客をサポートする体制を整えている。

(4)評価制度

キーエンスでは、評価する視点として、結果だけではなくプロセス(行動)も重視する。営業を例にすると、電話、訪問、デモ、有効商談数などである。

企業文化としても結果とプロセス(行動)、さらに因果関係を重視する点がある。付加価値を最大化するために、必要なプロセスとその因果関係の正しさを検証する。

因果関係を重視することは、業務改善にも有効である。成果がでていない営業であれば、なぜでていないのかを分析することで何が欠けているのかが明確になる。常に経験した事象に対して「なぜ(Why)」を繰り返して、検証をし続けるのだ。

若手ほど成果より行動の評価割合が高くなる。多くのKPIを設定し、良い成果につながる行動を可視化することで人材育成と評価につなげている。

(5)OJTを軸にした教育制度

ここでも営業を例に説明する。(3)でも記載したが、営業職ではテリトリー制を導入している。担当地域のマーケット分析から戦略立案、実行に至るまで任されている。

先輩社員の営業同行、営業ロールプレイング、外出報告書の記載などを行い、営業社員は入社して半年後から担当を持つ。自分のテリトリーを持つため、自ら考えて行動することが求められ、力が身に付く。

開発職では最短入社2か月で開発プロジェクトに参加することができる。開発プロジェクトチームは数名から十数名で構成され、全員が商品企画の段階からプロジェクトに参画する。

先輩社員による勉強会やマンツーマンでのサポートを受けながら、商品開発の一部を任せてもらうことができる。商品に対する影響度も大きく、開発に携わった実感が得やすい環境となっている。

(6)MDP制度、CDP制度

MDP制度とは一定期間、責任者としての業務を任せることで、次期リーダーを養成する研修制度である。

CDP制度とは所属はそのままで、一定期間他の部門に移って業務を経験する制度だ。

こうした制度を導入することにより、社員の視野を広げ、新たな能力開発も行っている。

営業マネジメント

①直販営業

キーエンスは、直接顧客に販売を行う直販営業を行っている。直接、顧客の現場に赴くことで、自社商品を活用し、生産性向上やコスト削減につなげるためには、どうすればいいのかを観察・学習し、提案を行える。

代理店や販売店を介さないため、技術的な問い合わせやトラブルに対しても「メーカーに問い合わせます」というやりとりが発生しない。そのため素早いレスポンスも可能としている。

キーエンス直販体制

キーエンスソフトウェア株式会社HP参照

②事業部制

顧客の利益向上につながる提案を行うには、二つのことが求められる。

一つ目は、自社商品について精通することである。既に紹介した通り、キーエンスは9つの事業に分かれていることで、扱う商品を限定することができるため、商品について徹底的に学習することができる。

営業社員の多くが文系出身であるとされているが、営業社員はデモ機の操作はもちろんのこと、簡単なプログラミングまでできるとされている。

二つ目は製造現場に精通することである。多数の顧客と直接取引することは、情報収集や問題解決などを通して、多くの経験を得ることや事例をみることができる。規模を問わず全国の企業が顧客になるため、数としても相当数となる。

多くの現場から得られた知識やノウハウは、限られた現場でしか経験がない顧客の担当者と比較すると優位に立つことができるのだ。

③テリトリー制

既に紹介したが、テリトリー制は一人の営業社員が一定の地域を担当し、そのエリアのマーケット分析から戦略立案、実行までの一連の業務を担当することだ。

営業社員は、「外出日」と「社内日」を設定し、外出日に集中してアポイントを設定する。外出日のアポイントは最低でも5件は求められる。担当エリアが定められているため、移動コスト削減にもつながっている。

④販売促進グループ

高度な提案ができるのは、営業活動を支える販売促進グループの存在が大きい。販売促進グループは、マーケティングや営業活動のサポートなどを行っている。業務範囲は広く、販促ツールや学習支援資料の作成なども行う。

販促ツールとは、カタログやデモ機、お役立ち事例などがある。カタログは、商品の機能や顧客にとっての価値を記載しているが、魅力が伝わらない場合はデモ機を使用する。デモ機を使用することにより、商品の使いやすさが伝わる。

お役立ち事例は、困りごとに対して生産性が高まった事例が記載されている。実際の事例をみることで、理解が深まる。

学習支援資料とは、工程ハンドブックなどがある。主要な業種の製造プロセスに関して、わかりやすく説明されており、製造工程を事前に学習することができる。

こうして学習してきた知識豊富な営業社員が直接営業活動を行うことで、顧客の潜在ニーズを解決する提案ができるのだ。

商品開発

①潜在ニーズ

直販で得た顧客の潜在ニーズから「世界初」「業界初」の製品を生み出している。新商品の7割が該当する。また特定の業界に向けた製品ではなく、幅広い顧客に採用されるよう開発をしている。

商品開発においては「顧客がほしいものはつくらない」という考え方がある。付加価値を創造することが、キーエンスの存在意義と捉えているため、顕在化したニーズに応えるのでは、顧客に与えられる付加価値は小さいと考えているのだ。

その付加価値の目安になるのが「粗利益8割」という数字になる。重要なのはキーエンスのおかげで顧客も生産性向上、コスト削減、品質向上などの大きな利益を得られるということだ。

顧客も気づいていないようなコスト削減ができる商品を提案することができれば、顧客は利益に見合った対価を払う。つまり、粗利益8割にもなる値段のキーエンスの商品であっても他社製品を買うより大きな利益をあげることができるから購入するのだ。

②ユーザビリティ

高付加価値商品の特徴として、誰でも特別な技術も必要なく使うことができるような「操作性・使いやすさ」や設置場所を多用にする「小型化」がある。誰もが簡単に操作ができ、直感的に扱えることを真のユーザビリティと定義している。

こうした商品の特徴と営業力の相乗効果によって顧客の利益の最大化につなげている。

物流

キーエンスには数千万円を超える高額商品もあるが、全商品当日出荷をしている。顧客からの注文は、営業を通じて一括管理を行う物流倉庫にダイレクトに届く。そのため商品を早く出荷することができるのだ。代理店や販売店がいないメリットがここにもある。

工場の生産ラインなどで使用される製品が故障をすると、生産ラインを止める事態となり、場合によっては数億円規模の影響を与える可能性もある。生産ラインを止めるということは、製造業にとっては、避けなければならない事態である。

こうした事態に対して早急に対応することができるのが、キーエンスになる。キーエンスの商品に不具合が発生した場合には、可能な限り代替機を即納し、損失を最小限に食い止めるのである。

製造業にとって在庫を抱えるということは、リスクである。しかし、リスクを抱えてでも「キーエンスの商品であれば当日出荷してくれる」という他社との差別化が利益につながると考えているのだ。

Webマーケティング

キーエンスは、「流量知識.com」「画像処理.com」など専門性の高いメディアを80以上運営している。一般的には、キーエンスほどの規模の会社であれば、これほど粒度が低いメディアを作ることは珍しいとされる。

流量知識.com                       画像処理.com

 

「画像処理.com」をみれば、画像処理の周辺知識や情報を得られるようにコンテンツも充実させ、再訪問や回遊率も高めている。

画像処理.com 周辺知識

  画像処理.com

 

GoogleのSEO評価基準として「専門性」が、項目の一つとされているが、競合他社がいないレベルまで抽象度を下げ、具体性や専門性を極めることで、SEO強化を図っているのだ。

また自社メディアに数万を超えるホワイトペーパーを掲載している。ホワイトペーパーは、製品の機能を掲載するのではなく、顧客の課題解決につながる情報を載せている。

資料請求をするには会員登録が必要となるため、定期的なメルマガ配信もあわせて行い、リードの獲得につなげている。

こうしたWebマーケティングの取り組みも、「キーエンスは営業が強い」といわれる一因であると考えられる。

3.中小企業でも活かせるビジネスモデル

これより紹介する取り組みは、中小企業でも取り入れやすい内容となっているため、これまで紹介したものとあわせて、自社への導入をぜひ検討していただきたい。

行動の数値化

既に紹介した通りキーエンスでは、成果だけではなく、成果に至るまでのプロセス(行動)も重視する。成果につながるプロセスをKPIとして設定する。KPIはプロセスを示す指標となり、KPIの数字を追うことで成果につながるようになっている。種類も多岐に渡る。

明確な指標を設け、その成果を可視化することで、行動の改善に活かしている。各種KPIの成果から自分の行動上の課題がわかるため、改善も行いやすい。

マネージャーとしても、メンバーの行動が数値化されていることで、リアルタイムでアドバイスを行うことができる。各プロセス数値化されているため、改善点を把握しやすい。期末になってはじめて結果を分析するのではなく、期中においても随時目標に対する現状分析と改善に向けた対応ができるようになる。

数値化することが目的ではなく、数値化することで課題を抽出し、改善するということが目的となる。

ロールプレイング

営業社員は毎週営業ロールプレイング(以後、ロープレ)を行う。10分~15分程度ではあるが、入社年次問わず行っているという。訪問回数や人物設定、電話などシチュエーションは様々である。

提案を行う際には、販売促進グループが作成した「台本」がある。まずは台本を覚え、相手によって内容を変えていくのである。さらには商品を提案するためのストーリーを考えて臨む。事前に想定したストーリーがあることにより、成功/失敗それぞれの要因を分析しやすくなるのだ。

ロープレは、具体的な場面を想定して、個々人で実施するため、課題が明確になりやすく、育成する側/される側双方の効果が期待できる。営業社員問わずスキルアップに有効な手段である。

外出報告書

営業前後に必ず記載をするのが、外出報告書である。訪問前には、訪問する目的を明確にし、提案内容などを報告してフィードバックをもらう。訪問後は商談の内容を報告し、ここでもフィードバックをもらう。

フィードバックは具体的な営業プロセスに関するアドバイスが主な内容となる。訪問前に考えた仮説やストーリーどおりに商談ができたのかを、訪問後に常に検証を行っているのである。

外出をする際には1日5~10件のアポイントを詰め込み、全てのアポイントに対して、記載をしている。

人手が足りない中小企業においては、1件1件フィードバックを行うことは難しい場合もある。しかし、事前に準備を行い、結果を振り返るという一連の流れについては営業に限らず必要なことであると考える。

今回、外出報告書を例にあげたが、振り返る方法は日報や日記でも良い。その日の出来事を忘れないうちに振り返ることで、今できていることや改善点が明らかになる。振り返りで得られた気づきによって、他の経験や事例にも活かすことができるのである。

情報記録と活用

キーエンスではSFA(営業支援システム)を導入し、活用している。外出報告書の内容や営業社員の電話の件数や時間をはじめ、製造工程や商務内容、要望のほか、購入プロセス、購入権限者なども記録している。

また顧客が過去に使用していた機種や、検討していた機種まで記録しているため、事前に具体的な戦略を立てて、提案することができる。キーエンス製品と他社製品の比較や費用対効果など、担当者が上申するにあたって必要なものを揃えて提案を行っているため、受注率が高い。

こうした取り組みは法人営業に限らず、to Cの販売職やサービス業においても有効であると考える。以前自分が話した内容や買ったものを覚えてもらっていたら、嬉しく感じるだろう。

SFAの他にCRM(顧客管理システム)を使用している企業も多くあるが、収集した情報を活かした取り組みが重要となる。

まとめ

キーエンスは優秀な人材を採用することによる属人的な能力に頼ることをしていない。今回紹介はしなかったが、他にも「ファブレス体制」「ニーズカード」「中期経営計画を作らない」などといった特徴的な仕組みや取り組みがある。こうした多くの仕組みを作り、仕組みの中で「やりきる」ことを重要視するとされている。

「やりきる」ことは、非常に難しい。やる気がなくなる、上手くいかないなどの理由から途中でやめてしまうこともあると思う。しかし、短期的には、効果を感じにくいが、中長期的には必ず成長につながる。

会社全体の仕組みを変えるような仕組みを、すぐに導入することは難しい。しかし、ロープレや日報などを利用した1日の振り返りを行うなどといったことは、中小企業でもすぐにでも取り入れられる。

「1日15分ロールプレイングを行う」と定めて、1年間やりきった人と1か月で辞めてしまった人では、大きな差が生じることは一目瞭然であろう。

会社規模は関係ない。仕組みを作って、やりきることが、成功につながるのだ。

参考一覧