「部長にもっと管理職として自覚を持ってほしい」
このような悩みを持つ経営者は多い。具体的には、以下のようなケースだ。
- 部下に営業させず、自分で営業してしまう。
- 自分目線で部下に厳しい要求を繰り返して部下をつぶしてしまう。
- 経営者に反発したり、逆に経営者のプレッシャーから逃げて報告に来ない。
一人のプレイヤーとしては極めて優秀だが、部長としては役割を果たせない。言わば、スーパープレイヤーが部長をしている、そうした中小企業はとても多い。
そこで本記事では、以下の3点について書く。
- 役割とは何か
- なぜ役割を果たせないのか
- 役割を果たすように求める人事制度 ― 役割等級制度の作り方 ―
本記事に書いてあることを実践すれば、管理職に役割発揮を促す人事制度を作ることができるだろう。
ー 目次 ー
1.役割とは何か
役割とは
例として営業部長の役割について考えてみたい。営業部長の役割は様々あるが、大きな役割には以下がある。
- 営業を組織化して大きな業績をあげること
- 会社の顔として、顧客とのやり取りについて責任をとること
しかし、下の営業部長の例のように、経営陣からのプレッシャーが強く、良い報告をしたいがために顧客に直接営業してしまうケースがある。
このようにしてしまうと、部下が成長する機会を奪うことになり営業の組織化が進まない。つまり、営業部長が本来果たすべき役割を果たしていないことになる。
営業部長は顧客と仕事をするのではなく、部下と仕事をしなければならない。顧客に対しては、直接営業するのではなく、会社の顔としてコミュニケーションを図って何かあれば責任を取ることが求められる。
役割認識ができていないと、仕事をする相手や関与の仕方を間違えてしまう。
つまり、役割とは、仕事をする対象とその関与の仕方で決まると言える。
部長の役割
製造業に従事する営業部長を例に、部長の役割を考えてみたい。
部下3人の部長もいれば、部下30人の部長もいるので一概には言えないが、一般的には以下のようになる。
例えば、営業部長には工場長と業務調整する役割がある。営業部長は納期遅れを防いだり、逆に在庫が発生しないように工場長と連携を取る必要がある。この調整を密にしていくことが工場長に対する役割となる。
また、経営陣に対しては、会社方針に沿って目標を立てて情報を共有することが求められ、その目標を達成するために営業部員を組織化して業績を上げることが役割となる。
以下は営業部長の役割を発揮できていない例だ。
連携を取るべき工場長との情報共有が上手くいかないと、防げたはずの納期遅れや在庫過多が発生してお互い不満が生じる。関係が悪化すると、ますます連携しなくなるという悪循環も生じる。
また、経営陣からのプレッシャーに負けて営業部員を組織化することよりも目の前の数字を欲してしまい、顧客に直接営業してしまう。
役割が果たせない部長は、スーパープレイヤーに徹してしまい、他の人に対する役割意識が弱くなる。
それでは、なぜこのように役割を自覚できず、役割を果たせない部長は生まれてしまうのだろうか。
2.なぜ役割を果たせないのか
役割を果たせない部長が生まれる理由には、大きく以下の4つのパターンがある。
(1) 社長を正確に模倣できていない
(2) トップダウンによる弊害に気付けていない
(3) 人数変化による役割変化に気付けていない
(4) 役割を果たせるか考慮することなく昇格させる
以下、それぞれ説明する。
(1) 社長を正確に模倣できていない
一つ目は部長が社長を正確に模倣できず、部下に高すぎる期待値を課してつぶしてしまうケースだ。
通常社長の期待値は高い。人数がまだ少ないころ、優秀な部長はその期待値をなんとか超えてきた。その期待に応えて大きな成果を上げ、社長から褒められたことが部長の成功体験となった。
会社が大きくなって部下ができた時、この成功体験からか、部長が部下に対してかける期待値は高くなる。
それは優秀な部長だからこそ超えてきた期待値だったが、皆がそれを超えられる訳ではない。
また、社長は高い期待をかける際、細かいフォローを入れているケースが多い。
そうした社長の良いところを全て模倣してくれればよいのだが、目に見えにくいところは模倣できないことがよくある。
フォローが無いまま高い期待をかけ続けられれば、部下は潰れてしまう。本来部下を育てなければならない部長が、無自覚のまま部下を潰してしまう。
(2) トップダウンによる弊害に気付けていない
2つ目は社長のトップダウンによる弊害に気付けていないケースだ。
多くの中小企業では社長からのトップダウンが強いが、それはトップダウンが有効だからだ。目まぐるしく変わる情勢や突発的な問題が起きたとき、社長のトップダウンにより迅速な対応が可能になる。
会社が大きくなると、部長にも部下ができる。だが、社長は相変わらずのトップダウンである。ここで問題が生じるのは、このトップダウンが部長を飛び越えて部下に直接行ってしまうケースだ。
そうすると、部下は直接社長に報告を行うようになる。部長には何ら情報が入らないため、部下の状況を把握していない部長になってしまう。
段々と部長は孤立化し、「管理職としての自覚はあるのか?」などと言われるようになってしまう。すると、社長からのプレッシャーに反発するようになり、ますます孤立化する。
社長が部長を飛び越して部下に直接指示を出すのは、あまり良くないことだが、時には止むを得ないケースもあると思う。
ただし、その場合には部長に情報を共有しなければならない。少なくとも部下から直接社長に報告するのではなく、部長を通して報告させなければならない。
また、部長自身も社長に対して情報共有をするよう促す必要がある。なぜなら、情報を持たない中で部長自身の役割を果たすことは難しいからだ。
自身の役割を果たすためにも、社長に対して同じ情報を共有するように求めるべきだ。部長も社長も自身の役割を見つめ直さなくてはならない。
(3) 人数変化による役割変化に気付けていない
ここでは人数変化によって役割変化に気付けないケースについて説明する。
社員がまだ10人の時に、会社を大きく見せようと社員に肩書を付けるケースがある。その場合、よく「部長」という肩書が付けられやすい。
係長や課長より「部長」のほうが箔が付く。
人数が少ないうちはそれでもいいが、組織が大きくなってくると不都合が生じてくる。部下が1人の「部長」と部下30人の「部長」は同じ名称であっても全くの別物だ。
部下1人の「部長」はプレイヤーに徹すればよいが、部下30人となるとそうはいかない。部下へ仕事を任せなければならないし、全社的な目線で新たな仕組みを構築したり経営陣との情報共有を積極的に行う必要がある。
ただ、本人は変わらず「部長」のままだ。当人も無自覚のままプレイヤーに徹してしまう。
無自覚のまま「部下に営業させず、自分で営業してしまう」ケースが生じてもやむを得ない。過去の成功体験も相まって、それこそが部長の役割だと思いこんでしまう。
(4) 役割を果たせるか考慮することなく昇格させる
最後に役割を果たせるか考慮することなく昇格させてしまうケースを説明する。
ある優秀な課長がいたとする。頑張っていて成果も出しているので、モチベーションを上げるため昇給をさせたい。だが、賃金は40万円と課長の上限に達してしまっており、昇給させるためには部長にするしかないというケースだ。
そのような場合に、上の図のように部長の役割を全うできるか考慮することなく昇格させてしまうことがある。
本来は部長の役割を担えると認められるから昇格するはずで、昇給はあくまでもその結果にすぎない。だが、このケースでは昇給のための昇格となっており、目的と手段が逆転してしまっている。
このような昇格を行う会社では、そもそも部長にはどういう役割があるか曖昧なことが多い。これでは、本人が部長の役割を自覚できないのもやむを得ない。
まとめ
上記が、役割を自覚できない部長が生まれる理由だ。
ある意味やむを得ない、本人にとってはジレンマのような事態が生じている。
まずは上記のようなジレンマを理解することが重要だ。その上で、お互いの役割が何であるかを認識する必要がある。
役割を認識させ、果たすように求めるツールが役割等級制度だ。
3.役割等級制度の作り方
役割等級制度とは
等級とは社員をいくつかの階層に分けたものをいう。
階層に分けることによって、評価や報酬の基準を明確にすることができる。
その階層を能力の高さで表したのが「職能資格制度」、職務の大きさで表したのが「職務等級制度」、役割の重さで表したのが「役割等級制度」だ。
つまり、役割等級制度とは、各役割を明確化し、その重さと等級を紐づける制度である。
作り方
上の図が役職等級制度の作り方の流れだ。
以下、流れに沿って「等級定義の明確化」「評価シートの作成」「賃金レンジ策定」「継続した運用」についてそれぞれ説明する。
等級定義の明確化
明確にしたミッション・ビジョン、戦略をもとに想定組織図を設定する。
その組織図を基に、どのような職種があるか整理する。そして、役職と等級を紐づける。
一般社員は1等級、主任は2等級、部長は5等級という具合に各役職と等級を紐づけていく。
次に各役割等級の定義を明確化する。
等級定義を明確化するには、それぞれの等級で求められる役割を整理する必要がある。その方法として、「人材育成」「コミュニケーション」などの軸を作って考えていくのがよい。
例えば、以下は「人材育成」を軸にした例だ。
1等級の一般社員はとにかく学ぶ姿勢を持つこと、2等級の主任は部下にやって見せて的確に仕事を教えることが求められる。
また、3等級の係長はチームリーダーとして個々に合わせた指導を、4等級の課長は管理職として育成の環境づくりを、5等級の部長は組織全体の視点から組織力を向上させる仕組みづくりが求められる。
以上のように、何か軸を決めると各等級で求められる役割を整理しやすくなる。
その他、「コミュニケーション」や「問題解決」などの観点の軸から見た表は以下の通りだ。
このように、それぞれの等級で求められる役割定義を整理して明確にしていく。
評価シートの作成
上記の軸と評価シートの項目を一致させるのが、役割等級制度の一般的な作成方法だ。例えば、部長の評価シートの場合は以下のように反映させる。
上記の「役割」の箇所に、部長が果たすべき役割が記載してある。
なお、以下は課長の評価シートの例だ。
明確にした役割定義を評価項目に反映することで、その等級で果たすべき役割がはっきりと分かるようになる。
ここを明確化しておくことで、後に説明する昇格の際に有用なツールとなってくる。
賃金レンジの設定
等級と評価が決まれば、それに紐づく賃金レンジを決める。例えば、以下のような賃金レンジを設定する。
1等級の社員は月額20万円から24万円の間、4等級の社員は月額40万円から50万円の間におさまるという具合だ。
4等級にいる間は月額50万円を超えることはできない。上限に達したとしても、自然に昇格とはならない。
これは、4等級の課長と5等級の部長の役割が異なるからだ。
先ほどの部長が役割を果たせない理由(4)「役割を果たせるか考慮することなく昇格させる」でも触れたが、ここで昇給のために昇格させてしまうと、果たすべき役割が曖昧になってしまう。
課長として優秀だからといって部長職が務まる訳ではない。そうすると、部長職へ昇格するためには、明確な基準を設ける必要がある。
継続的な運用
優秀な課長が優秀な部長になれるわけではないため、部長の役割を果たせるかどうかの見極めるための昇格基準が必要だ。
役割等級制度では、継続的な運用の中で以下のことを行うことによって、昇格するにふさわしいかを確認できる。
① ワンランク上の評価シートを見せる
例えば、課長に昇格した者がいた場合には、課長とその次の役割に当たる部長の評価シートを見せれば良い。その時点でそれぞれ評価してみても良いだろう。
そうすれば、課長の間に、部長として果たすべき役割を意識することができる、冒頭のような無自覚な管理者を生みにくくすることができる。これだけでもこの制度が有用だということが分かる。
② ワンランク上の仕事をさせる
次の役割が明確であれば、その仕事の一部をさせてみてもいい。
部長の役割が「経営陣と情報共有して戦略を策定する」であれば、経営陣との情報共有の場に課長を同席させて、戦略策定の一部を任せてみればいい。
仕事を任せて実際にできるのか見極めることが可能である。これも役割が明確になっていることの利点である。
③ テスト、ロープレ、面談を行う
中には任せにくい業務もあるし、全て上記の①と②で部長の役割を任せられるか見極められるとは限らない。
そこで、次の役割の仕事を果たせるかどうか測る方法として、テストやロープレ、面談がある。
部長として「組織力を向上させる仕組みづくり」が求められるのであれば、テストという形で、仕組みづくりに関する提案書を提出させればいい。
また、面談では、本人の適性を確認するとともに考えを知ることができる。本人の意思を確認するだけでなく、部長職に対する誤解を解く機会としても有用である。
4.役割等級制度のメリット・デメリット
メリット
- 役割と報酬を連動させることができる
- ジョブローテーションがしやすい
デメリット
- 評価基準、役割定義を設計するのが難しい
- 役割定義が曖昧だと機能しない
上記がメリット・デメリットだ。
役割と報酬を連動させることで、各自の役割認識を高めることができる。冒頭の役割を自覚しない部長に対しても、役割を自覚させることができる。
また、役割と等級が紐づいているため、同じ等級間でのジョブローテーションがしやすく、様々な経験を積ませやすい。
この点、職能資格制度は、職種が変わると1からスキルを積み上げていく必要があり、職務等級制度は、ポストに就く際にスキルが必要となるため、ジョブローテーションがしにくい。
反面、評価基準や役割定義を設計することは難しく、特に普段マネジメントや人事評価を行っていない会社は制度設計段階で苦労する。
メリット・デメリットを踏まえ、役割等級制度に向いている会社と向いていない会社は以下の通りになる。
5.役割等級制度の導入に適している会社・適していない会社
適している会社
- 経営戦略や組織図が明確である
- 役職が明確に決まっていて会議体系が組まれている
- 転勤やジョブローテーションがある
適していない会社
- 制度を運用する基盤がない会社、会議体がない会社
- 主体性が低く、理念や風土が曖昧な会社
- スキル取得が重要視されるエンジニアや職人が多い会社
そもそも役職が明確に決まっているような会社は導入しやすい。
反面、スキル取得が重要視されるエンジニアや職人が多い会社は、役割よりもスキルを評価する職能資格制度ほうが設計コストがかからず運用コストも低い。
6.導入事例
SUBARU
SUBARUは言わずと知れた自動車メーカーである。近年、運転支援システム「アイサイト」に代表される技術を採用し、自動車業界に新たな価値を提供している会社だ。
SUBARUでは、近年の世界情勢の変化に合わせ、2021年4月より新たな人事制度を導入した。
以前、SUBARUでは非管理職である現場従業員と開発・事務系のスタッフ従業員のいずれも職能資格制度による処遇体系を適用していた。
しかし、両部門での働き方は異なり、求められる役割も異なる。そこで、成果・職責を意識した働き方を期待するため、役割等級制度を取り入れることとした。
積極的なチャレンジと自律的な能力開発を促し成長を後押しすることを目的としている。
竹中工務店
竹中工務店は、江戸時代創業の会社で、現在も建設業界の第一線を走っている。東京タワーやあべのハルカスなど国内外の多くの建築物を手掛けてきた。
竹中工務店では、近年の時勢から「働き方改革と生産性向上」「社員の年齢構成の変化」「デジタル化に伴う必要な知識技術の変化」を重要課題として挙げた。これに伴い、人基準から仕事基準の処遇へと転換を企図して、2022年4月、新人事制度を導入した。
今までは、職能資格制度の中でラインとスタッフと共通での区分を行っていたが、新人事制度では、ライン長と高度専門職に役割等級制度を取り入れた。
プロフェッショナルマネージャーとして組織の舵取りを担う役割を担う、社外に大きな影響を与え会社業績に寄与する高度な専門性の発揮を求めるなど、役割を明確化した。
この事例では、役割等級制度を将来の幹部育成のツールとして導入している。
7.まとめ
- 管理職の自覚のない部長は構造上の問題で生まれる
- 役割は対象と関与の仕方で決まる
- 役職等級制度は役割を明確化して等級と結び付ける制度である
- 役職等級制度は役割を認識させる有用なツールである
8.参考一覧
- 「人事制度事例シリーズ SUBARU」,『労政時報』2023年,第4054号,労務行政
- 「人事制度事例シリーズ 竹中工務店」,『労政時報』2023年,第4061号, 労務行政
- ラム・チャラン他(2004),『リーダーを育てる会社つぶす会社』,英治出版