逆張り経営と権限委譲で市場を切り開く ~ドン・キホーテの成功要因とビジネスモデル~

ドン・キホーテの成功要因とビジネスモデル

ドン・キホーテは34期連続増収増益を誇っている。

その成功要因の1つは、「逆張り経営」である。大手のモノマネをせず、「ナイトマーケット」や「圧縮陳列」などで市場を切り開いてきた。

もう1つの大きな成功要因は、「権限委譲」だ。創業者1代で急成長した企業は、オーナーによるトップダウンの経営スタイルが多く見受けられるがドン・キホーテは違った。

現場に権限委譲を行うことにより、顧客最優先主義を叶えるだけではなく、従業員のモチベーション向上にも寄与する。経営資源の少ない中小企業でも取り入れることが可能で、業種関係なく後継者を育てるにも必要になる経営スタイルだ。

本記事では、継続的に成長を遂げるドン・キホーテの成功要因やビジネスモデルを探ってみたい。

1.概要

1.1 はじめに

ドン・キホーテを擁する株式会社PPIHが2023年6月期の決算にて売上高1兆9,368億円、営業利益は前年より18.7%上回る1053億円となり、過去最高を更新したほか、純利益は662億円を記録し、34期連続の増収増益を果たした。コロナ渦においても堅調な業績を誇っている。

ドン・キホーテといえば「安い」「品揃え豊富」「深夜営業」といった様々なイメージを持たれているのではないか。家電用品から日用雑貨品、食品、ファッション用品まで、幅広い商品を提供し、驚きの価格でお客様を魅了している。

ではなぜドン・キホーテがここまでの成果を挙げられているのか。企業原理である「顧客最優先主義」を掲げ、成長を遂げているドン・キホーテの歴史とビジネスモデルを紐解き、成功の秘密に迫る。

株式会社PPIH HPより引用

1.2 会社概要と歴史

創業者の安田隆夫は1978年西荻窪にドン・キホーテの前身となる「泥棒市場」を出店した。その後、1989年「ドン・キホーテ」第1号店となる府中店を出店する。店舗数は2004年に100店舗、2013年には200店舗を達成した。

現在は「MEGAドン・キホーテ」「MEGAドン・キホーテUNY、 ドン・キホーテUNY」を含めると400店舗を超える数となっている。株式会社PPIHの海外リテール事業としてはアメリカやアジアを中心に100店舗以上も展開している。グループ全体の店舗数は国内617店舗、海外105店舗、合計722店舗となっている。

2.ドン・キホーテのビジネスモデル

2.1 ナイトマーケット

ドン・キホーテ最大の成功要因とされるのは「ナイトマーケット」である。ナイトマーケットの始まりは「泥棒市場」の頃の話である。閉店後、安田が1人で作業をしていると通行人に声をかけられた。当時はセブンイレブンも23時閉店となっている中、24時までお店を開けた。

当時は深夜帯にお店を開けるという概念がなかったが、ターゲットを広げることにより、他の小売店と逆張りを行ったのである。夜のお客様はお酒が入っていることもあり、ゴミの山のような商品も購入したのだ。現在もドン・キホーテは午前~深夜・早朝まで開店していることが多い。若者をはじめ、夜間でのニーズも高い。

夜に買い物をしたい人をいれば夜にしか買い物ができない人もいる。そのニーズに応えていったのがドン・キホーテとコンビニ業界である。多くの消費行動が昼間の時間帯であるが、今後も夜間に移っていく可能性があるとみてナイトマーケットを展開していったのである。

2.2 圧縮陳列

圧縮陳列とは仕入れた商品を段ボールのまま積みあげ、棚という棚にぎっしり詰め込み陳列手法である。ドン・キホーテに行ったことがあれば容易に想像ができるであろう。これも常識を逸する陳列手法だ。これまでは見栄えの良さや陳列効率を図るために梱包用の段ボールから取り出し、棚に並べるのが通説であった。

この天井近くまで積みあがった圧縮陳列により、購買意欲が掻き立てられるのである。それではなせ購買意欲が搔き立てられるかというと、探しやすく効率的に陳列されていると消費者はあらかじめ購入を検討していた商品のみを購入をしようとする。

しかし、圧縮陳列によりあえて商品が積みあがっていると探検気分を味わえたり、宝探しのように買い物の楽しさにつながり、購入を検討していなかったものまで購入してしまうのだ。 思わず購入してしまう というアミューズメント制を高める工夫を凝らしている。

また圧縮陳列の利点はこれだけではない。販売効率が高いため、初期のドン・キホーテではバックヤードがなかったのである。在庫管理という点においても優れているのだ。

圧縮陳列

ドン・キホーテ公式Twitterより引用

2.3 POP洪水

圧縮陳列によって積みあがった商品は効率的に陳列されていない。このままでは何が置いてあるのか消費者はわからない。そこで段ボールに穴をあけ、商品を説明した手書きのPOPを作成したものがPOP洪水といわれる。

こちらもドン・キホーテを利用したことがあれば、あちらこちらにPOPが貼られている様子は見たことがあるだろう。ユニークなドン・キホーテのPOPは工夫が凝らされており、買い物の楽しさにつながっているのだ。

POP洪水

ドン・キホーテ公式Twitterより引用

天井近くにまで積み上がり、派手目なPOPにまとわれた商品たちを見て回ることにわくわく感を覚えた人は私だけではないだろう。

2.4 権限委譲と個店主義

あまり知られていないかもしれないが、ドン・キホーテ最も特徴的なビジネスモデルは「権限委譲」である。小売業における多店舗経営を行うにあたってはチェーンストアシステム」を用いる企業が多い。

本部に情報を集約し、コストの削減や各店舗のサービスの安定化を図るシステムであるが、ドン・キホーテはこのシステムを使用しない。ドン・キホーテの権限委譲とは従業員ごとに担当売場を決め、仕入れから陳列、値付け、販売まで全てを任せているのである。

売り場の実績が従業員の報酬に反映される人事制度を取り入れており、昇降格も頻繁に実施する。自分で仕入れた商品を売るために上手く陳列し、POPを書く。こうして圧縮陳列とPOP洪水も従業員に浸透していった。

権限委譲をすることによって、仕事が競争になり、店が活気づいたのだ。安田はこの権限委譲を最初から狙って行ったのではない。安田が行っていた圧縮陳列とPOP洪水もなかなか従業員に浸透せず、苦肉の策で従業員に任せることにしたのである。

権限委譲を行う上での最も重要なことは、従業員を信頼することである。従業員を信頼すると、従業員も必死に取り組む。従業員を信頼せず、指示ばかり、マニュアル通りの動きだけでは能動的に動く従業員はなかなか現れない。

人材育成の観点からも人に任せるということは非常に重要である。信頼され権限委譲をされることは従業員にとっても大きな活力になる。

3.マーケティングと成功要因

3.1 低価格戦略

ドン・キホーテといえば何と言っても安さが強みである。通常では考えられない安さの商品を多く見受けられる。その秘訣は 定番商品6割、スポット商品4割 という商品陳列を行っているからだ。スポット商品というのはいわゆる訳アリ商品のことである。

スポット商品は激安で販売するものの粗利益率が定番商品と比較すると10%程度高いため、定番商品を安く販売してもスポット商品を含めたトータルでは利益を確保することができるのである。安さも相まってドン・キホーテでの買い物はコンビニにはない楽しさがある。

3.2 店舗戦略

ドン・キホーテはソリューション型出店と呼ばれる出店方法を進めてきた。これは退店済の物件で出店する方法とは異なる。赤字のため退店予定物件に出店するのである。

ドン・キホーテは出店したい場所で出店ができる、既存店舗は契約期間の関係で営業している店舗のため、双方大きなメリットになるのである。

この出店方法にて全国各地に出店を進めていった。その後もショッピングセンターなどの複合型施設から要請を受けて比較的安価に出店が可能な出店も進めている。パチンコン店跡や大型量販店跡への出店など今では当たり前のように全国各地で出店が進んでいる。

3.3 プライベートブランド

プライベートブランド(PB)とは従来商品の開発や製造を行わない小売店などが自社で企画・開発を行い販売する商品のことである。プライベートブランドはコストを抑えることが可能なため、低価格で販売ができ、企業側にとっても利益率が高くなるメリットが存在する。

ドン・キホーテのプライベートブランドといえば「情熱価格」のロゴが付いた商品をよく目にしたことがあるだろう。ドン・キホーテの開発コンセプトの一つは低価格とのことだ。

最初に販売価格を決めてから、価格に応じて製品を開発していくのである。そのため、どの商品も利益がでるように設計がされている。格安のノートPCや大型のテレビなどもその一例である。

PB宣言

  ドン・キホーテHPより引用

このプライベートブランドを2021年2月にリニューアルした。プライベートブランド(PB)をピープルブランド(PB)として打ち出したのである。プライベートブランドで安いのは当たりまえとし、プラスアルファで価値を提供していく。

またドン・キホーテがピックアップした商品に対してダメ出しができるダメ出し募集サイト(ダメ出しの殿堂 ドン・キホーテ-情熱的改善要求-ダメ出しの殿堂 ドン・キホーテ-情熱的改善要求- )を作り、愛のあるダメ出しを募集しているのだ。

ここまで大々的に利用者の意見を募集することは少ない。投稿したダメ出しは実際に募集サイトへ掲載され、商品開発担当のもとへ届く。全てのダメ出しに対応することは難しいが、担当者は全ての声に目を通す。

そしてダメ出しから更に新商品を生み出していくのだ。2023年8月現在でも30種類を超える商品が生み出されているのである。

最驚 共創サイクル

  ドン・キホーテHPより引用

3.4 M&Aによるノウハウ獲得

PPIH(ドン・キホーテ)は2006年2月にダイエーのハワイ子会社を買収、2007年にはホームセンター老舗のドイト、長崎屋を次々に買収をした。また2019年にはGMS(総合スーパー)のユニーを展開するユニー株式会社を完全子会社化したのである。

長崎屋の買収によりこれまで弱かった食品部門のノウハウを獲得することに成功し、生鮮食品なども取り扱う「MEGAドン・キホーテ」を次々と展開。

またユニーの買収によりドン・キホーテとの共同店へ転換し、業績を伸ばしていった。こうして自社に足りない要素はM&Aなどを行うことによって規模を伸ばしていったのである。

4.成長事業と積極的取組

4.1 DX推進

PPIHグループでも様々なDXに関する取り組みが行われているが、現在「マシュマロ構想」をスタートさせている。白くて柔らかいマシュマロのように、PPIHのカラーに染まっていない価値観を受け入れることである。

PPIHの完全子会社である株式会社マシュマロ(現在は株式会社カイバラボに商号変更)がPPIHグループとデジタルテクノロジーの橋渡し役となり、外部のあらゆるリソースを活用している。

AI技術の導入も積極的に行うなど、人でしか価値を創造できない領域に店舗の従業員は特化していくのである。

4.2 金融事業

PPIHグループでは2014 年3月に開始したオリジナル電子真似「majica(マジカ)」がある。このmajicaアプリ会員数が約 1100 万人に到達し、4割近い客がmajicaや自社が発行するクレジットカードで支払いを行っている。

majicaアプリは支払いやクーポン利用ができる便利さのほかにコンタクト会員登録という機能がある。これはカラーコンタクトも含め、コンタクトレンズを購入時に同意書の記載を省ける機能である。

消費者側にとっても店舗側にとっても個人情報を記載する時間を短縮できることは両者にとって大きなメリットにつながる。

majicaを利用することにより情報提供や、クーポンやポイントを組み合わせたお得感の高い販促を行うことによって顧客満足度向上を目指している。またPPIHグループでは他社のQRコード決済を行っておらず、自社決済を推し進めることによりコスト削減にもつながっているのだ。

4.3 海外事業

現在PPIHグループではカリフォルニアやハワイ、シンガポール、香港を中心に海外に105店舗を出店している。2023年6月期の決算では3136億円(前年同期比117.4%)の売上をあげているが、2030年には1兆円の売上を計画に掲げている。

グループ全体の16.2%の売上を誇る。2024年6月期においてはアジアで10店舗の新規出店を目指している。海外においては食品関連の商品を日本のドン・キホーテと比較しても多く取り扱っている。

アジアの「DON DON DONKI」では、生鮮4品(青果・鮮魚・精肉・総菜)を含む食品が売上の8割以上を占める主要製品となっている。日本の食品は現地でも評価が高く、高値で売られていた日本産の食品を現地で安く販売しているのである。

そのためサプライチェーンの整備にも力を入れることにより日本の産地から直接輸出にて現地へ日本の農畜水産物を届けている。日本から一次産品を直接輸出することで収益性を高め、創造、企画・製造・物流・販売を垂直統合的に管理する「食のSPA化」を推し進めているのである。

5.まとめ

ドン・キホーテは圧縮陳列や深夜営業、スポット商品(訳アリ商品)、倉庫を持たないなどは小売・流通業においてやってはいけないことをやってきた。それは「常識を信じない」という信念を持ち、正解は全てお客様であるということを確信してきた結果である。

目の前のお客様の変化に対応ができるようマニュアルを作成せず、顧客最優先主義を掲げてきた。デイマーケットでは勝ち目がないと判断し、ナイトマーケット重視のターゲティングを行う。

狙ってない内容も含め多くの逆張りを行い、国内DS小売業最大手となり、他社がドン・キホーテを真似するような時代となったのである。

安田は小売業の素人であった。大手の真似や業界の常識則ったやり方では大資本には勝てない。資本も技術もない素人が知恵を働かせて新たな取り組みを行うことが大手と戦える。そしてブルーオーシャンを切り拓く手段となった。

最後に繰り返しになるが、権限委譲・人材育成にとって重要なのは人を信じて頼むこと。信頼して任せなければ企業は発展しないのである。

【参考文献】

  • 安田隆夫(2015).安売り王一代私の「ドン・キホーテ」人生 文藝春秋
  • 週刊東洋経済2019年3/30号 p.34~54