人材確保が難しい今の時代、中小企業にとって「採用した人材をどう定着させるか」は最重要のテーマです。
厚生労働省の調査によれば、大学卒の約3割、短大や高校卒では4割前後が3年以内に離職しています。この水準は1990年代からほとんど変わっていません。いわゆる「3年で3割が辞める」という状況が、長年続いています。
特に、中小企業にとっては1人の離職が大きな痛手になります。採用コストや教育にかけた時間が失われるだけでなく、社内の士気や業務の安定性にも直結する問題です。
だからこそ、採用を成功させるためには「入社後にいかに職場に馴染ませ、長く活躍してもらうか」という視点が欠かせません。
そういったなかで注目されているのが「オンボーディング」です。
2024年にMS-Japanが行った実態調査では、60.9%の企業でオンボーディングが実施されているそうです。
しかし、オンボーディングの満足度については、満足している割合は45.5%と半数以下にとどまっています。
このことから、多くの企業がオンボーディングに対して、「より効果を高める工夫」を模索していると言えます。
本記事では、オンボーディングの基本から具体的な施策までを整理し、中小企業でも取り入れられる実務のヒントを紹介します。
ー 目次 ー
1.オンボーディングとは何か?
オンボーディングとは?まず知っておきたい基本知識
「オンボーディング(On-boarding)」は、もともと「船や飛行機に乗り込む」という意味があります。
ビジネスの場では、新しく入社した社員が職場にスムーズに馴染み、安心して力を発揮できるようにするための一連のプロセスを指します。
新卒入社の社員はもちろん、経験豊富で即戦力となる中途社員であっても、入社した会社の文化や業務プロセス、社内システムの使い方や備品の保存場所など分からないことは山ほどあります。
そのため、新卒と中途いずれの新入社員もオンボーディングの対象です。
従来の研修やOJTとの違い
これまで多くの企業では、入社時の集合研修や現場でのOJTを中心に新入社員の受け入れを行ってきました。
そうした「新入社員研修」と「オンボーディング」では何が違うのでしょうか。
業務知識やビジネススキルを教える新入社員研修は、仕事に慣れるためには必要です。一方でそれだけでは、「業務を覚える」ことに偏りやすいのが実情です。
業務のやり方は覚えたものの、職場に馴染めなかったり、人間関係や将来に不安を感じたり、職場での存在価値が見出せずに自信を失ったりして離職につながるケースも多くあります。
オンボーディングは、こうした課題を補うために「業務理解」だけでなく、「心理的な安心感」、「社内文化への適応」、「早期の成功体験」までを包括的に設計することを目的としています。
オンボーディングが目指すものと得られる効果
オンボーディングを行うことで、次のような効果が期待できます。
- 定着の促進:職場に早く馴染み、安心して働き続けられる
- エンゲージメントの向上:組織に受け入れられている実感が高まり、会社への愛着が深まる
- パフォーマンスの向上:必要な知識やスキルを効率よく習得し、成果をだすスピードが上がる
- 文化の浸透:企業理念や行動指針を自然と理解し、長期的な貢献につながる
つまり、オンボーディングは「辞めさせないための仕組み」ではなく、「安心して成長し、活躍を続けてもらうための仕組み」なのです。
2.中小企業における課題とオンボーディングの必要性
中小企業が直面する採用・人材確保の難しさ
近年、有効求人倍率は高い水準で推移し、特に中小企業では「採用したいのに人が集まらない」状況が続いています。
厚生労働省の統計によれば、2023年の有効求人倍率は全国平均で1.3倍前後ですが、製造業や建設業など一部業種では2倍を超える地域もあり、慢性的な人手不足が浮き彫りになっています。
採用競争が激しい中、知名度や制度でアピールすることは難しい場合もあります。
だからこそ、「入社してからの働きやすさ」や「職場への馴染みやすさ」を整えることが、中小企業の強みになり得るのです。
一方で、現場が人手不足に追われるあまり、「多少のミスマッチがあっても採用せざるを得ない」というケースも少なくありません。
ところが、その結果入社した人材が「職場の雰囲気に馴染めない」「成長の実感が得られない」「相談できる相手がいない」といった理由で早期に離職し、再び採用活動に追われる——。
こうした負のサイクルは、中小企業にとって大きな負担となっています。
このサイクルを断ち切るには、「採用して終わり」ではなく、入社後にいかに安心して働き続けてもらうかを考えることが欠かせません。そのカギを握るのがオンボーディングです。
オンボーディングが求められる理由
オンボーディングは、中小企業が直面する採用と定着の課題を同時に解決できる仕組みです。
しかし、多くの中小企業では、人事部門や研修担当を専任で置けず、新入社員教育は現場に任されがちです。
その結果、指導の質が上司や先輩によってばらついたり、フォローが抜け落ちたりすることもあります。
オンボーディングを取り入れることで、こうした状況を補い、誰が担当しても一定水準の受け入れ体制を整えることが可能になります。
とりわけ中小企業にとっては「あると良い施策」ではなく、人材を守り育てるために「欠かせない仕組み」といえるでしょう。
特別な制度や大規模な研修を導入せずとも、
- 入社前から情報を共有して不安を軽減する
- 初日に「歓迎されている」と実感できる体験を用意する
- 定期的なフォローで成長や悩みを確認する
上記のような工夫を体系的に行うことで、新入社員が安心して働ける環境をつくることができます。
3.オンボーディングの基本プロセスと全体像
オンボーディングの全体像
オンボーディングは「入社初日の研修」で完結するものではありません。内定後の準備から1年を通じて、段階的に支援を続けることで、安心して組織に馴染むことができます。
オンボーディングのプロセスは次の4段階に大きく分かれます。
- 入社前の準備
- 初日~入社直後の受け入れ
- 3か月までのフォロー
- 半年までの定着支援
それぞれの段階で適切な施策を行うことで、新入社員は「ここで働き続けたい、働き続けられそうだ」という実感を得やすくなります。
入社前の準備
オンボーディングは入社日を迎える前から始まります。
例えば、内定者に会社の情報や初日のスケジュールを伝えておけば、入社前の不安を軽減できます。
また、歓迎のメッセージや配属予定のチームを事前に紹介しておくと、初日を安心して迎えることもできます。
初日~入社直後の受け入れ
入社初日は新入社員にとって会社の第一印象を決める大切な瞬間です。
上司やチームからの歓迎の言葉、会社の理念を共有するオリエンテーション、ランチなどのカジュアルな交流機会は「歓迎されている」という感覚を生みます。
こうした小さな工夫が、安心感や信頼感を築くきっかけになります。
3か月までのフォロー
入社後の3か月は「この会社に馴染めるか」を新入社員が見極める時期とも言われます。
業務の指導だけでなく、メンターやOJT担当を決めて日常的に相談できる環境を整えることが大切です。
さらに、定期的な1on1を通じて不安や課題を早めに拾い上げれば、孤立や早期離職を防ぐことができます。
半年までの定着支援
半年が経つ頃には、新入社員が一定の業務を自走できるようになってきます。
このタイミングで「チームに貢献できた」「成果を出せた」という実感を持たせることが、長期的な定着につながります。
例えば、小さなプロジェクトを任せて成功体験を積ませることで、「この職場での存在価値がある」と実感できます。
上司や同僚がしっかりフィードバックすることで「ここで働き続けたい」というエンゲージメント向上に繋がります。
4.実務で使えるオンボーディングの観点とチェックリスト
オンボーディング成功の4つの観点
オンボーディングによって新入社員の不安を解消するには、次の4つの観点を意識することが重要です。
①業務環境理解
情報インフラやネットワークについて共有し、業務環境を整えることで不安の解消に繋がります。
そうした「どこに」「何が」「誰に」といった疑問に答えることが重要です。
・システムや備品、書類の管理など、「どこに何があるか」がわかる
・「誰に何を聞けば解決するのか」がわかる
働いている人にとっては「些細なこと」でも、新入社員にとってはわからなければ不安やストレスにつながります。
②社内文化理解と適応
コミュニケーションを促進し、気軽に相談できる雰囲気や交流のきっかけを意識的に設けます。
上司や同僚との関係づくりは、仕事の継続意欲に大きく影響するからです。
先輩社員の体験談や社内イベントを通じてキャリアについてイメージができれば、将来への不安解消にもつながります。
人事制度がある会社では、制度について説明し、期待されている役割について伝えることも効果的です。
③メンバーシップ形成
「自分はこの組織の一員だ」と実感できるような小さな成功体験を積むことも重要です。
・顧客や組織、他者に貢献し役に立てたというような経験
・仕事の楽しさ、やりがいを実感できる場面に立ち会わせる
・組織の一員として、担当業務をもつ、改善案が採用されるなどの運営に関わる経験
このような経験を早期に積ませることで、存在価値や自己効力感の醸成に繋がります。
④業務・業界理解
OJTや研修を通して業務を理解することや、業界特性を知ることで日常的な業務についての不安が解消されます。
同じ職種であっても会社が異なればやり方も変わります。また、異業種からの転職であれば業界特性もあるでしょう。
そういった「違い」や「なぜそうした方法で行っているのか」を伝えて理解を促すことで、不安を解消することができます。
この4つをバランスよく押さえることが、オンボーディングを成功させるポイントです。
自社の取り組みを確認するチェックリスト
オンボーディングの施策は、必ずしも特別なものではありません。
日常的に面談をしたり、ランチに誘ったり、オンボーディングだと意識しなくても自然に実践できていることもあります。
一方で、オンボーディングを意識して取り組んでいるつもりでも、特定の観点に偏ってしまい、他の部分が手薄になるケースもあります。
こうした抜け漏れや偏りを防ぐために有効なのが下図のような「チェックリスト」です。
仕組みとして確認できることで、誰が担当しても一定の水準で新人を支援でき、取り組みの継続性も高まります。
また、異動や昇格も大きく環境が変化し、離職につながることがあります。
私自身、部署異動の際に業務内容は理解していても、「資料の保存場所」や「備品の管理方法」が分からず戸惑いました。社歴が長い分、気軽に質問しにくく、余計にストレスを感じた経験があります。
配置異動や昇格など、環境が大きく変わるタイミングについては、新入社員でなくてもオンボーディングリストのようなチェックリストがあると良いでしょう。
実践施策のパターン例
①業務環境理解につながる施策
- 社内システム・ツールの利用ガイドを配付する
- 備品・設備マップを提供する
- 担当者や得意分野、連絡方法を明示した「誰に聞けばいいか」リストを作成し配付する
- トラブルシューティング早見表を作成し説明・配付する
- 社内FAQページを整備する
- 施設ツアー・社内ツアーを行う
②社内文化理解と適応につながる施策
- 初日に歓迎ランチを開き、直属の上司や先輩と交流する
- 同期や近い年次の社員と定期的に情報交換の場を設ける
- メンター制度を導入し、相談しやすい環境をつくる
- 経営層とのカジュアル座談会を開催し、社長と話す機会を作る
- 人事制度について説明し、期待されている役割について伝える
- 社内イベントや小規模な懇親会を通じて文化に触れる機会を増やす
③メンバーシップ形成につながる施策
- 小さなプロジェクトやタスクを任せ、成功体験を積む
- 先輩社員からのフィードバックの機会を週1回設ける
- 部門内での役割を与える
- 仕事の楽しさややりがいが感じられる象徴的な場面を見学する
- 同僚、会社、顧客の役に立ったと思える経験をする
- 改善提案制度など、自分のアイデアが採用される経験をする
- 定期的にキャリア面談を実施し、どんな経験を積むべきか道筋を示す
④業務・業界理解につながる施策
- 内定前に職場体験を実施し、ミスマッチを防ぐ
- 内定時に「入社初日の流れ」を詳細に伝える
- オリエンテーションで業界動向レポートについて解説する
- 先輩社員に同行して業務理解を深める
- クレーム・トラブル事例について共有する
- OJTリストでの業務の習熟を図る
施策事例
日本新薬株式会社
京都府の製造業「日本新薬株式会社」では、入社後のミスマッチを防ぐため、採用選考でもカジュアル面談を実施して組織風土にマッチしているかを丁寧に確認しています。
採用後も、過去にインプットされた他社の風土・ルールをリセットしてもらうため、オンボーディングを非常に重視しているそうです。
懇親を深める機会を多く用意したり、採用者の所属からは関係性が遠い部署の中途入社社員をメンターにつけて相談しやすい環境を整えています。
株式会社エーエスエル
東京都の情報通信業「株式会社エーエスエル」は、ほぼ全社員が中途採用者であり、即戦力となる人材を採用しています。
客先への常駐後も営業担当者が各エンジニアの担当について、3か月に1度はランチミーティングをしています。
ランチミーティングがコミュニケーション促進だけでなく、現場での人間関係や不満を吸い上げる仕組みになっています。
また、営業担当者以外への相談窓口として任意提出の週報制度も設けているそうです。
LINEヤフー株式会社
SNSアプリ「LINE」で有名な、「LINEヤフー株式会社」では、毎年500人前後の採用があるそうです。
そのため、各部門に社員の受け入れを任せきりにするのではなく、会社として体系だてて施策を実施しています。
例えば、以下の取り組みが行われています。
- 担当部署によって偏りがでないよう、メンター向けの受け入れの手引きを配布する
- 入社から2週間毎日1通の”LINE New Hire Success Email Journey”をメールで送り、会社の理念や経営層からのメッセージを伝えて会社との距離感を縮める
- 社員向け相談窓口としてなんでも聞ける有人カウンターとLINEアプリでのチャット窓口を設置する
アプリなどは大企業ならではの施策もありますが、メンター向けの受け入れ手引きなどは中小企業でもマネできる施策もあります。
このように、オンボーディングは特別な仕組みではなく、日常的な取り組みを体系化して行うことが重要です。
5.まとめ
オンボーディングは、採用した人材を単に受け入れるだけでなく、「ここで働き続けたい」と思える環境をつくる仕組みです。
不安を取り除き、信頼関係を築いて、組織文化を共有することは、どの企業にとっても欠かせない基盤です。
特に中小企業においては、限られた人材をいかに大切に育て、定着させるかが経営の生命線となります。
オンボーディングは特別な制度ではなく、日常の小さな工夫を体系化し、継続することから始まります。まずはチェックリストを活用し、自社に必要な仕組みを作るきっかけとなれば幸いです。
参考
- Cultive(カルティブ)『オンボーディングとは?意味・目的・プロセスまでわかりやすく解説』
- 「特集1 早期組織適応を進める中途採用者のオンボーディング事例」『労政時報 4046号』2022年11月25日発行,14頁,株式会社労務行政
- 厚生労働省『人材の確保・定着に成功した企業の取組事例集』2025年8月18日アクセス.
- 厚生労働省『「職場情報の開示を通じた労働市場の見える化に関する研究調査」報告書』2025年8月18日アクセス.
- LINEヤフー 『人材成長支援~パフォーマンス最大化のための成長促進~』2025年8月18日アクセス.
- MS-Japan『新卒/中途社員への「オンボーディング」実態調査』2025年8月25日アクセス.
オンボーディングチェックリストの例


